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オーシャンニューズレター

第355号(2015.05.20発行)

第355号(2015.05.20 発行)

水産業の衰退は和食の衰退?

[KEYWORDS]魚食普及/旬/カツオ
長井水産株式会社鮮魚部取締役◆嘉山定晃

わが国は周辺海域に多くの魚類が集まる潮目が三陸・常磐沖と日本海に存在し、好漁場に囲まれ、多くの魚介類が全国各地の漁港で水揚げされている。しかし現在、わが国の漁業生産量はピーク時の半数に激減しており、さらに一人当たりの魚介類消費量は肉類よりも少なくなっている。
その一方で、世界各国の魚介類消費量は増加している。近い将来、魚介類を食べられなくなる日が来ることも考えられる。


はじめに

日本の領土面積は約37.8万km2、世界で62位。それに対し、領海および排他的経済水域(EEZ)の総面積は約447万km2、世界で6位である。この広大な海域には、多くの魚介類や地下資源が分布している。わが国の三陸沖・常磐沖の北西太平洋は、北西大西洋(アイスランド・イギリス・ノルウェー沖)、北東大西洋(カナダ・アメリカ沖)と並び、世界三大漁場とも呼ばれている。また、最近では南東太平洋のペルー沖も世界三大漁場に挙げられることもある。
これらの海域に共通している点は、寒流と暖流が接触する潮目が存在することであり、古くから潮目には多くの魚類が集まることが知られている。わが国の東に位置する北西太平洋には、世界最大の海流である黒潮と親潮が接触する潮目ができ、この海域を混合域、黒潮親潮続流域と呼ばれ、東経140~160度の海域まで達している。さらにわが国には対馬暖流とリマン海流が接触する潮目の海である日本海が存在する。このように好漁場に囲まれたわが国は、温帯に位置することで四季があり、春夏秋冬、多様な種類の魚介類が全国各地の漁港で水揚げされている。

日本の消費動向

世界でもっとも水産資源に恵まれた国は、他にないと言ってもよいと考えられる。しかしながら、1984年のわが国における漁業・養殖業生産量は1,282万トンであったものが、2011年には477万トンにまで減少している。さらに国民一人当たりの魚介類消費量は、2006年以降、肉類が魚介類を逆転し、現在、わが国の国民は魚よりも肉を多く食べていると考えられる。これに対し、海外では魚介類の消費は増加傾向にある。その背景には魚介類消費量の多い国ほど平均寿命が長い傾向にあり、わが国が世界一の長寿国になっているのも、海外からみると、魚食が大きく影響しているのではないかと考えられている。また、日本の和食は2014年にユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的にも認められるようになってきている。このように、現在、世界は魚食に向かっているのに対し、日本国民は肉食に向かっている現象が起きている。極端に言うなら、目の前の海には世界が欲している豊かな水産資源がある。しかし、わが国の国民はその水産資源よりも海外の肉類を欲していることになる。この世界と日本の動向がさらに進行すれば、現状ではわが国は水産物輸入国であるが、将来的には各国が世界の水産物を買い争うようになり、海外での水産資源において各国に対して買い負けがおこり、国内の水産物においても輸出が増加し、水産物輸出国となる可能性がある。これにより、国内の水産物でさえも食べられなくなることも考えられる。

魚食普及活動

このような現状から、2005年に食育基本法が施行され、水産関係ではおさかなマイスター、シーフードマイスター、日本さかな検定、魚食検定などの認定資格が創設されてきた。また、水産庁としても「魚の国のしあわせ」プロジェクトの一環として魚食文化の普及・伝承に努めている人を水産庁長官が「お魚かたりべ」として任命している。これらの有資格者は魚食普及活動を積極的に行っているものの、直には成果が目に見えてこないことが有資格者の認識しているところとなっている。しかしながら、行政が結果のみえにくい魚食普及政策を行なっていること、それだけでも過去にない画期的なことであると考えている。そして、魚食普及活動とは長い期間をかけて地道に活動し、数十年越しで成果が表れるのではないかと考える。このような背景から日本の水産業界は、現在、歴史上、最大の窮地に立っているのかもしれない。
以上のことから、わが国が誇る豊かな日本の魚食文化と旬を紹介しながら、自分が思う日本人の豊かな食生活のあり方を考えたい。

和食における旬の多様性

■一年で旬が二回あるカツオ

魚介類の旬とは、もっとも美味しく流通量の多い時期とされている。魚類の旬は、基本的には繁殖のために栄養を身に蓄え脂肪含有量の多い時期とされている。豊かな水産資源を誇るわが国には、四季を通してどの季節にも旬の魚介類が存在している。しかし、これがすべての旬と言う訳ではなく、文化的に培われてきた旬もある。例えばカツオについては一年で旬が二回ある。春から初夏にかけての初カツオと秋の戻りカツオである。後者の戻りカツオは、前述した脂肪含有量が一番多い時期に当たり、基本的に旬にあたる。これに対し、初カツオは脂肪含有量が少なく、旬とはいえない。しかしながら、江戸時代、初物を食べると寿命が延びるとする逸話や、初物はかっこいいと考える江戸っ子の粋に通じる点から、初カツオは文化的に生まれた旬といえる。このような文化的な旬は、土用の丑の日のウナギ、節分のマイワシ、桃の節句のハマグリなど多種多様にある。
私はイカ類の旬が非常に興味深いことがらと考えている。イカの甘味を基本とした旨味は、成長過程にある幼魚期に高いと考えている。しかし、イカの王様と言われているアオリイカの旬は、成魚期にあたる初夏とされている。これは寿司種として利用する部分が胴である外套膜であり、大きい個体ほどこの部分が多く、寿司種として利用できる割合が多くなるからである。しかしながら、西日本ではアオリイカは通称ミズイカと呼ばれ、大きな個体は大味で水っぽくケンサキイカと比較して、旨味が少なく身が厚くなり硬くなってしまう。この大味で水っぽく硬い特徴をクリアするために、江戸前寿司では寿司種に細かく包丁を入れ、口のなかで噛んだ際に噛みやすく旨味がでるように一工夫されている。これは日本の魚食文化による技術が旨味を引き出し、古くからの和食の技術が創り上げた旬と言ってもよい。

日本周辺魚介類と各料理

世界の水産業をリードしてきた日本の水産業の衰退は、その業界の衰退だけにとどまらず、日本の食文化、独特の和食技術の衰退に繋がると言っても過言ではない。基本的に江戸時代以前における和食のなかでの魚介類料理は、焼魚、刺身、煮付けであった。これらに共通することは、料理の際に油を使用しないことである。そして、明治時代以降、油が使用されるようになり、和食に天婦羅やフライなどが出現した。これらは和食に素材とは別のもので脂質を加えた料理であり、脂肪含有量の少ない旬以外の時期であっても、脂質を加えることで美味しく食べられるようになった事例である。和食に対して中華料理、フランス料理、イタリア料理は油を使う料理でもある。自分はこれらの料理は日本でさらに発達進化を遂げていると思っている。日本人の高鮮度へのこだわりと日本周辺の豊かな水産資源により、よりよい素材を追求できるようになり、よりおいしい料理へと発展してきていると考えられる。
最後に、豊かな水産資源に囲まれたわが国において、魚離れによる水産業の衰退をくい止めるためには、国民一人ひとりが魚介類をより多く食べることが条件になる。また、筆者にとって水産業の衰退をくい止めることは義務であり、一生をかけて努力していくべき仕事であると考えている。(了)

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