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Ocean Newsletter
第354号(2015.05.05発行)
- 国立研究開発法人日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門増殖機能材料開発グループ◆星野 毅
- 鴨川シーワールド館長◆荒井一利
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構深海・地殻内生物圏研究分野分野長◆高井 研
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌
鴨川シーワールドにおけるシャチの研究
[KEYWORDS]水族館/繁殖/成長鴨川シーワールド館長◆荒井一利
生物の研究は、野生と飼育下、両面のアプローチが重要であり、謎に包まれているシャチの姿が次第に明らかになってきた。繁殖や新生児の成長などの一連の過程は、野生での調査ではわからない部分が多く、鴨川シーワールドでは、飼育下の繁殖を通していろいろな知見を得ることができた。
鴨川シーワールドとシャチ
■鴨川シーワールドのシャチパフォーマンス
鴨川シーワールドは1970年10月にオープンし、「海の世界との出会い」をコンセプトに、水生生物との出会いを通し、生命と自然環境の大切さを伝え、楽しく学べる機会を提供する水族館である。
房総半島の太平洋に面した全長約1.6km、総面積3ヘクタールのエリアに、水の一生をテーマとした「エコ・アクアローム」、熱帯の珊瑚環礁を再現した「トロピカルアイランド」の2つの魚類・無脊椎動物展示施設、シャチ展示施設「オーシャンスタジアム」、イルカ類展示施設「サーフスタジアム」、ベルーガ(シロイルカ)展示施設「マリンシアター」、イルカ類・鰭脚類・ペンギン類などの展示施設「ロッキーワールド」などの施設があり、生物の展示方式は、エンターテインメント性に富んだパフォーマンスと自然環境を再現した生態展示を中心に構成されている。
鴨川シーワールドでは約700種の水生生物を飼育展示している。その代表種のシャチは、世界では8カ国13園館で60頭ほどが飼育されているが、日本では2館で7頭が飼育されているにすぎない。世界中に分布し、オスの最大個体は体長10mほどになるといわれ、小さな魚類やイカ類からアザラシ、トド、イルカなどの哺乳類、地球上で最大のシロナガスクジラまで幅広く捕食し、海洋食物連鎖の頂点に位置することより「海の王者」と呼ばれている。
白黒ツートンカラーの巨体とどう猛なイメージから「シャチ」という種名は多くの人に知られているが、実際に目にすることは少なく、その知名度にくらべ、その実体は謎に包まれている部分が多い。1970年代に始まったアメリカのワシントン州やカナダのブリティッシュ・コロンビア州沿岸での長年にわたる目視調査により、生態、社会構成、音声特性などが明らかになってきた。また、近年では、南極周辺に生息する個体群に関する調査や遺伝学的解析も進み、世界には、形態、生態、食性、分布が異なる少なくとも10のエコタイプ(生態型)が存在していることが明らかになり、これらの独立したエコタイプの情報が集合して、シャチの全体像がえがかれてきたことがわかった。これらのエコタイプ間で遺伝的な交流はなく、今後の研究により、いくつかの亜種または、独立種に分けられる可能性が示唆されている。
水族館での研究
1961年にアメリカの水族館で初めて飼育が行われ、1965年より長期飼育が可能になり、1985年に飼育下での繁殖に成功した。日本では、鴨川シーワールドのオープンに際し、アメリカから2頭が搬入され飼育が始まり、1998年に繁殖に成功した。これまでに主として繁殖、成長、生理、行動など、野生の調査では不明な点の多い分野について、水族館における飼育を通して明らかになったことも多く、野生と飼育下の両面からの研究により、生物の謎を解明していくアプローチがなされたよい事例である。飼育下での研究は、飼育展示環境の改善と飼育展示技術の向上には不可欠であり、とりわけ、それらの集大成として成立する繁殖の成功は、それ自体が生物学上の成果であり、得られた知見は野生生物の保全にも応用可能である。
飼育下での繁殖より得られた知見
■シャチの授乳の様子
授精・妊娠・分娩・育児行動・新生児の成長などの一連の過程より得られた知見は、野生個体の研究では得ることが困難な場合も多く、飼育下での重要な研究分野である。鴨川シーワールドで得られた知見を中心に、シャチに関し飼育下の研究により明らかになった事項について紹介をする。
ホルモン濃度の測定結果や交尾の観察、その後の妊娠の確認により、オスは10~12歳、メスは6~9歳で性成熟に達し、オスは周年、精子形成が可能で、メスは季節的な繁殖期はないか、または、季節性に乏しく、繁殖周期は約45日である。妊娠期間は17~18カ月で、分娩の5日から1日前まで体温が次第に下降し、出産直前には通常体温よりも約1℃下降する。分娩時間は破水から通常2時間程度で、尾びれから先に生まれることが多いが、まれに頭部から先に生まれることもある。
生まれたばかりの赤ちゃんの体長は2~2.5mで、母親の胎内で丸まっていた時にできたシワがあり、このシワは2~2.5カ月後に消失する。生まれた時の模様は成獣と同じであるが、白色の部分は褐色を帯びたクリーム色をしており、生後1カ月前後で体表の皮がむけ始め、この皮むけを徐々にくり返し、3~4年後に親と同じ白色になる。
母親の育児経験や環境により異なるが、生後1~4日で授乳を開始し、赤ちゃんは器用に舌を丸めて溝のなかにおさまっている乳頭に吸いつき、授乳回数は生後1週間頃が最も多く、1日に100~200回に達し、後は徐々に少なくなり、授乳期間は1.5~2年間続き、離乳後も母親との精神的きずなは続く。生後2カ月ほどで母親があたえたエサの魚をくわえて遊ぶようになり、この頃より、上あごの歯が生え始める。4~6カ月で遊んでいたエサを初めて飲みこみ、以後、次第にエサを食べ始め、この頃には上下の歯が生えそろう。母親がエサをあたえる行動は、バンドウイルカなどの飼育下で繁殖した他の種類では見られない行動で、集団で狩りをし、獲物をわけあうといわれているシャチの生態と関連があるのかもしれない。
国際交流
現在、世界では7カ国11園館で60頭ほどのシャチが飼育されている。アメリカのシーワールドは最も多くの個体を所有し、歴史的にも技術的にもシャチの飼育展示に関し世界のトップに君臨し、多くの研究成果もあげている。特に鯨類の人工授精に関する研究には積極的に取り組み、2003年にはシャチの人工授精に成功をしている。鴨川シーワールドとは1980年代より姉妹水族館としてさまざまな交流を深めており、当館の個体から採取した凍結精子を用いた人工授精イルカがアメリカで誕生している。シャチに関しても当館の個体から採取した精液を用い、より高度な人工授精技術の確立をめざした研究を共同で実施している。今後も国際的な連携を通じて、「海の王者」の真の姿を解明していきたい。(了)
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