第354号(2015.05.05 発行)

ゼロ・エミッションを目指した海水からの革新的リチウム資源回収

[KEYWORDS]海洋資源/レアメタル/資源循環型社会
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構核融合研究開発部門増殖機能材料開発グループ◆星野 毅

海水中には、ほぼ無尽蔵のリチウムが含まれている。
日本は四方を海で囲まれていることから、リチウム資源大国とも言え、事業採算性を有する海水からの資源回収技術は、日本の新たな産業の創成に必要不可欠である。そこで、セラミックスイオン伝導体による、海水からリチウムを選択的に分離回収する技術を確立した。
特に、リチウム分離過程では電気も発生するため、ゼロ・エミッションな資源回収も見通せる、世界初のリチウム回収技術である。


急増するリチウム需要

電気自動車や家庭用蓄電池の一般向け販売に伴い、大型リチウムイオン電池の需要が急増している。近年、ハイブリッド自動車についても、ニッケル水素電池から、軽量で大容量のリチウムイオン電池へのシフトが始まり、原料となるリチウム資源の確保は、製造業大国である日本の最先端技術分野の発展に必要不可欠である。また、このリチウムは、核融合炉の燃料となる三重水素(トリチウム)を人工的に製造する際に大量に必要となる元素のため、発電実証が開始される2030年代以降は、リチウム需要の更なる急増が見込まれている。
日本では、需要が高まっているレアメタルであるリチウムを南米諸国から100%輸入に頼っている。地上のリチウム資源はすぐに枯渇する量ではないが、海外では、膨大な敷地で1年以上かけて塩湖の水を自然蒸発させ、リチウムを回収している。リチウム供給には長期間を要することから、2020年代にはリチウムイオン電池市場の拡大に伴うリチウム需要の急増に対応できず、需要と供給のバランスが崩れる懸念が報告されており、新たな資源回収法の確立は、国家戦略的にも重要課題の一つとなっている。

外部エネルギー不要の海水からの革新的リチウム資源回収技術

海水中にリチウムがほぼ無尽蔵に含まれていることに着目し、海水からのリチウム資源回収技術の開発に着手した。最初に、海水とリチウムを含まない回収液間は、イオン液体を撥水性のシートに含浸させたリチウム分離膜で隔て、電気の力により、海水中に含まれるリチウムを回収液へ移動させるリチウム資源回収法の開発に着手した。特定のイオン液体は、リチウムイオンのみを選択的に移動できることに着目し、様々なイオン液体を用い、リチウムイオンの移動現象を調査した。その結果、海水中に含まれる22%のリチウムを、2時間という短時間で回収することに成功した。また、海水中に含まれる不要元素であるナトリウム等の回収率は極めて低く、リチウムを分離回収するための有望な膜であることを明らかにした。しかしながら、不要元素からリチウムを完全に分離することは不可能なため、次の改良段階として、イオン液体の代わりとして、リチウムのみを選択的に透過する性質を有する、セラミックス製のリチウムイオン伝導体をリチウム分離膜とした技術開発を開始した。
まず、イオン液体を使用した膜をリチウムイオン伝導体に置き換えての試験を行ったが、リチウムは全く透過せず、リチウムイオン伝導体が割れるという現象が生じた。この原因として、海水等に溶解しているリチウムは、周囲を水分子で囲まれた水和イオンとなるため、リチウム水和イオンを透過できないイオン伝導体では、電気的に移動させることは不可能であるためと推論した。
そこで、リチウム水和イオンから水分子を取り除く新たな方法の検討に着手した。種々の試験の結果、リチウムイオン伝導体の両端に電極を完全接触させると共に、海水とリチウムを含まない回収溶液間にリチウム濃度差を生じさせることにより、海水中のリチウムが自然に回収溶液へ選択的に移動する分離原理を発案した。さらに、濃淡電池のように、リチウムの移動と同時に発生する電子を電極により捕獲することで、電気を発生しながらリチウムを回収できる全く新しい技術を世界で初めて確立した(図1)。
イオン伝導体としては、素材選定試験の結果からNASICON型やペロブスカイト型の結晶構造を有するセラミックスをリチウム分離膜として使用した。資源回収には必ず外部からのエネルギーを必要とするが、本技術は、リチウム分離過程で電気等の外部エネルギー消費を必要としないため、従来の塩湖からのリチウム資源回収技術と比べ、省スペース、短時間、さらに、電気を新たに発生する革新的な技術である。実際の海水を用い、3日間のリチウム回収試験を行ったところ、リチウム以外の不要元素は全く透過せず、海水に含まれるリチウムを最大で約7%回収することに成功した。


■図1

リチウム資源の循環型社会実現へ

■図2

発案した技術により、海水だけでなく、豆腐造りで用いる"にがり(リチウム濃度は海水の50~100倍)"からのリチウム資源回収にも成功した。使用済リチウムイオン電池の溶解液からのリチウム資源回収(使用済リチウムイオン電池リサイクル)や、海水の塩製造や淡水化処理時に廃棄している濃縮海水からのリチウムを含む各種有用なミネラルの効率的な回収などにも適用可能な、波及効果の高い技術といえるものである。今後はパイロットプラント規模への拡張を目標とし、急増するリチウム資源の需要分は海水から確保し、使用済リチウムイオン電池はリサイクルするだけでなく、リチウム分離プロセスでは発電も行う、ゼロ・エミッションなリチウム工場によるリチウム資源の循環型社会の実現へ向けた研究開発を加速させる(図2)。
さらに、リチウム分離回収装置のスケールアップが実現した際は、リチウム分離時に陽極で発生する水素ガスを回収することで、燃料電池自動車等に必要な水素製造も可能となることから、水素社会の発展への貢献も期待できる。この革新的リチウム資源回収技術の早期実用化への課題としては、より高性能なリチウムイオン伝導体の開発が挙げられ、産学官連携による、リチウム資源の安定的供給に向けたオールジャパン体制の構築を目指したい。(了)

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