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オーシャンニューズレター

第350号(2015.03.05発行)

第350号(2015.03.05 発行)

深層海洋環境の変化から地震発生のメカニズムを解明する

[KEYWORDS]巨大断層/ヘリウム同位体/深部流体
東京大学大気海洋研究所助教◆高畑直人
東京大学大気海洋研究所教授、第7回海洋立国推進功労者表彰受賞◆佐野有司

2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震で、プレート境界の巨大断層に沿って地下深部から海底に大量の流体が移動したことが明らかになった。巨大断層を移動する流体についてはよくわかっておらず、この流体が異常に高圧になり巨大地震を引き起こした可能性がある。
この流体を調べることで地震発生のメカニズムが明らかになるかもしれない。


巨大地震が起こるきっかけ

地球上で起きるマグニチュード9を超える巨大地震の大部分はプレート収束域で観測される。地球科学の学説であるプレートテクトニクス理論では、地球の表面が何枚かの硬い岩盤で構成されており、この岩盤をプレートと呼ぶ。このプレートはその下にあるマントル対流にのって相互に動いていると考えられている。プレート同士がぶつかり合う場所をプレート収束域と呼び、地震はそのようなプレートの境界で発生する。それはプレートが動くことで圧力がかかり歪みが生じるためで、その歪みを解消する時に地震が起こると考えられている。特に日本は何枚ものプレート境界が集中する場所で、地震が多発する。プレート境界(巨大断層)で起こる地震の発生に関して、上側の大陸プレートと下側の海洋プレートの境界面に存在する流体が重要な役割を果たしているとの指摘がある。この深部流体はプレート境界の間隙流体圧を高め、地震発生の引き金となる可能性がある。2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)はオホーツクプレートと沈み込む太平洋プレートの境界で発生し、これまでその発生メカニズムを突き止めようとする研究がなされてきた。しかし、海水、間隙水や堆積物に含まれるガスの量を比較するなどして、プレート境界面における深部流体の地球化学的な性質を調べた研究はほとんど行われてこなかった。

ヘリウム同位体を使ってマントル由来の物質を調べる

最近、科学の世界では同位体がよく使われる。同位体とは化学的な性質は同じだが質量が違うもののことで、炭素であれば質量数12と13の2種類の安定同位体が存在する。この安定同位体の割合は、食品の産地判別に使うことができる。例えば水や肥料・餌の違いで、ウナギや米、牛肉の安定同位体比に違いが生じ、その違いから産地を判別できるようになってきた。これと同じように、ヘリウムの同位体の割合から、それを含む流体がどこから来たのかを調べることができる。ヘリウムには質量数が3と4の2つの安定同位体があり、ヘリウムの主なリザーバーである大気・海洋と地殻、マントルでは同位体比(3He/4He比)が大きく異なる。例えば海底火山にはマントルから熱や物質が運ばれてくるが、その火山から放出されるヘリウムは、周りの海水に比べてヘリウム-3に富んでいる。これはマントルが海水に比べてヘリウム-3に富んでいるためであり、マグマと共にマントル由来のヘリウムが火山に供給されると考えられている。このことから海水中にヘリウム-3の過剰が見つかれば、マントルから物質が運ばれてきた証拠となる。

巨大地震後に深層海水や海底を調べる

東北沖地震の震源域近くの地球化学的状態を調べるため、地震の約1カ月後の2011年4月に震源域近くの深層海水の調査を行なった。この時に調べた場所は4カ所で深度1,779mから5,699mの海底近くの海水を採取した(図1aの赤丸)。また、同年の6月にも同様に4月の4カ所を含む6カ所で深層の海水試料を採取し、8月には海底堆積物とその間隙水を採取した。海底近くで採取した海水のヘリウム同位体を調べたところ、地震前に比べてヘリウム-3の割合が増えていることがわかった(図2)。この増加は地震に伴ってマントル由来のヘリウムが海底から海水に供給されたことを示唆する。
われわれは地震前の2007年から継続的に東北沖の太平洋で深層海水を採取してきた。図2は東北沖地震の震源域付近で採取した深層海水のヘリウム同位体比の経年変化を深さ毎に示したものである。縦軸のヘリウム同位体比は大気に比べてどのくらいヘリウム-3に富んでいるかで示しており、地震前まではいずれの深さでもほぼ一定の値を示し変化は見られなかった(図の灰色の部分)。しかし東北沖地震の直後に採取した底層海水では、いずれの場所でもヘリウム-3の量が増加していることがわかった。


■図1
(a)東北沖地震の震源(☆)と地震直後に行なった深層海水採取地点(赤○)。点線は火山フロントの位置。(b)東北日本から太平洋にかけての東西鉛直断面図。火山フロント(赤△)より東側ではこれまで海水より低いヘリウム同位体比(低Ra)しか観測されていなかった(青↑)。今回観測されたヘリウム同位体比の上昇は、高い同位体比(高Ra)をもったマントルのヘリウムがもたらされたためであり、黄色い矢印で示すように、プレート境界である巨大断層に沿って深部流体がマントルから海溝まで移動したためと考えられる。


■図2
深層海水中のヘリウム同位体比の経年変化
地震後は各場所の底層水のみ。縦軸のヘリウム同位体比はヘリウム-3が大気に比べてどのくらい多いかを示している。いずれの深さも、地震前はほぼ一定の値を示していたが(灰色の部分)、地震後にヘリウム-3の割合が増加した。このことはマントルのヘリウムが海溝域に運ばれたことを意味する。

ヘリウムの観測からわかること

これまでの研究によると、非火山性の東北日本前弧、つまり火山フロント(図1aの点線)より東側では、ヘリウム同位体比は海水より低い値を持つとされている(低Ra)。震源域の海底堆積物やその間隙水のヘリウムは海水より低い同位体比を示し、堆積物や間隙水からのヘリウム-3の付加はヘリウム同位体比の上昇の原因として説明することはできない。またいずれの場所も底層で一番大きな上昇が見られることから、地震後の津波による海水の上下混合は、深度分布の逆転を起こす理由としては考えにくい。したがって、ヘリウム同位体比の上昇は海底を通してマントルからもたらされた可能性が高い。そしてその通り道として可能性が高いのは、プレート境界面の巨大断層である。この断層を高圧の深部流体が迅速に通過したと考えられる(図1bの黄色い矢印)。この断層を通ってマントルから海底まで物質が運ばれるためには、約150kmの距離を進む必要があり、底層水のヘリウム異常を地震発生から35日後に発見したことから考えると、流体は1日に約4kmの速さで移動したと推定できる。この速度は通常の地下流体移動としては非常に大きいが、2000年の三宅島噴火で観測されたマグマ性流体の移動速度や東北沖地震の数週間前にみられた前震の移動速度と一致した。異常に高圧になった深部流体が地震により作られた透水性の高い破断面を迅速に通過した結果と示唆される。この異常に高圧な深部流体が、プレート境界面の強度を低下させ、東北沖地震発生の原因となった可能性が高い。
本研究は大陸プレートと海洋プレートの境界面が流体移動の通路となった最初の観測例であり、海溝域の底層水や冷湧水の定期的なヘリウム観測は、甚大な被害をもたらす巨大地震発生のメカニズムを解明するのに役立つと期待される。さらに最近は日本各地で火山の活動が活発になっているが、火山の活動を調べるツールとしてもヘリウムの同位体は有効である。それはヘリウム-3がマグマ(つまりマントル)からもたらされる物質だからである。(了)

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