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オーシャンニューズレター

第350号(2015.03.05発行)

第350号(2015.03.05 発行)

東日本大震災後の沖合海底ガレキ調査~漁業に役立つガレキマップづくり~

[KEYWORDS]ハビタットマップ/海洋生物資源の持続的利用/海洋生態系の保全
(独)海洋研究開発機構東日本生態系変動解析プロジェクトチーム◆藤原義弘

震災から4年が経過し海中の様子は徐々に落ち着きを取り戻しつつあるように見える。しかし海底に流出した300万トンを越えるガレキの多くは、いまだに海底にあり、生態系や漁業に影響を与えている。
東北マリンサイエンス拠点形成事業のもと、(独)海洋研究開発機構では海底ガレキの現状と周囲の生態系に与える影響を評価するため、無人探査機などを用いた深海調査を実施し、東北沖合の海底ガレキと海洋生物の分布を示すマップづくりを目指している。


はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、家屋や自動車、防災林など陸域起源のさまざまな物質が大量に海洋に流出しました。環境省の推計によれば、岩手県、宮城県、福島県から流出した災害廃棄物(震災ガレキ)の総量はおよそ500万トンで、そのうちの約3割が漂流し、残りの7割が海底に沈んだものと考えられています(環境省「報道発表資料」2012年3月9日版より)。先述の3県では、震災発生後の比較的早い段階から震災ガレキの撤去作業に取り組んでおり、2012年3月31日現在、約71万トンが回収されています(平成23年度「水産白書」より)。沿岸域は水深が浅く対象とする海域面積が比較的小さいため、ガレキの捜索や回収を行いやすく、効率的にガレキの撤去作業が進んでいるエリアもあります。一方、沖合域ではいまだに底びき網に多くのガレキがかかり、網を破損したり、網に入った漁獲物を傷つけたりといった被害が続いています。
このような沖合ガレキの現状を明らかにし、周囲の生態系や漁業に与える影響を評価するために、東北マリンサイエンス拠点形成事業のもと、(独)海洋研究開発機構では三陸沖合の総合調査を2011年度に開始しました。東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」とは、文部科学省の補助金制度により、東北大学、東京大学大気海洋研究所、(独)海洋研究開発機構が中心となって実施する事業であり、地震と津波が海洋生態系に及ぼした影響を把握し、その変動機構を解明するとともに科学的なデータに基づいて漁業復興を支援していこうという10年間のプロジェクトです。その中で私達は漁業に役立つガレキマップづくりに取り組んでいます。

まずは海底地形図

最初に行ったのは海底地形図の作成でした。「いまさら海底地形図が必要なのか」と思われるかもしれませんが、大地震によって海底地形は大きく変動し、震源付近では海底が東南東に約50メートル移動し、海底が7メートルも隆起したことが分かっています。しかし漁業活動の行われる水深1,000メール以浅では海底にどのような変化がもたらされたのか分かりませんでした。そこで当機構所有の海洋地球調査船「みらい」、深海潜水調査船支援母船「よこすか」、海洋調査船「なつしま」や東北マリンサイエンス拠点形成事業の遂行のために新造された東北海洋生態系調査研究船「新青丸」などを用いて地形探査を実施してきました。現在までに宮城県および岩手県沖の対象海域の7割程度の海底地形図が完成しています。

ガレキを探る

■小型無人探査機「クラムボン」

次に取り組んだのはガレキ探査です。ガレキの捜索には大きく2通りの方法を用いています。対象とする海域は2万平方キロメートルを越える広大な領域です。海中では光はすぐに減衰し遠くまで見通すことができません。そこでまず、音波を使って広範囲を「観察」できるサイドスキャンソナーと呼ばれる装置で海底の様子を探りました。この調査によって大小さまざまな構造物が平坦な海底に点在していることがわかりました。
音波探査だけでは発見した構造物が本当にガレキなのかどうかわかりません。そこで目視調査を実施しました。音波探査で見つけた構造物を直接映像で確認したり、音波探査では見つけられない小さなガレキを探索したりすることが可能です。目視調査には母船とケーブルで結ばれたカメラを引っ張りながら観察する曳航調査と無人探査機(ROV)を母船から遠隔操作する潜航調査を行っています。曳航調査は比較的広域の観察に適しているため、ガレキ分布の大きな傾向を掴むのに役立ちます。潜航調査では、ガレキの詳細な観察や採集、ガレキ周辺の環境計測などが可能です。ガレキ探査の切り札とも言えるROVですが、そのオペレーションには大型の母船と専用の運航チームが必要で、地元の皆さまからの要請に迅速に対応することは困難でした。
そこで本事業では、小型軽量で専用母船を必要とせず、少人数で運用可能なROVの開発を行いました。小型でも十分な調査を可能にするため、必要な装備を洗い出しました。その結果、高精細な画像を得るためのハイビジョンカメラ、海底のガレキや資源生物を定量的にマッピングするための海底観察用デジタルカメラ、試料を採集するためのマニピュレーター(ロボットアーム)とスラープガン(水中掃除機)、塩分、温度、水深、溶存酸素濃度計測のためのCTD/DO計、周囲の障害物を探査するための全周探査ソナー、長さ計測用のラインレーザーなどを搭載し、全長約1.5メートル、重量255キログラムのパッケージに収めました。最大潜航深度は沖合漁業の最大水深である水深1,000メートルとしました。このROVは、岩手県出身の作家、宮沢賢治の短編童話『やまなし』から名前を頂き、「クラムボン」と命名されました。

ガレキの現状

■海底谷に集積したガレキの数々(水深546m)

これまでの音波探査および目視調査によって、ガレキの分布にはいくつかの傾向があることがわかってきました。ガレキの密度は沖合に行くほど低くなり、平坦地よりも海底谷の谷筋に集積していました。またガレキ周辺では生物の密度が大きくなり、ガレキの種類によって集まる生物の量や種類に違いがあることもわかってきました。10メートルを越える流木や70メートルもある沈船など大型の構造物なども発見されています。
これらの海域調査に加え、より広範囲のガレキ分布やその変遷を明らかにするために、宮城県よりご提供頂いた沖合底びき網漁業漁場清掃データの解析を進めています。このデータは沖合底びき網漁船によって回収された海底ガレキの量や種別が記録されたもので、2014年2月時点で9,200回を越える曳網が行われています。ひと網当たりのガレキ回収量は震災直後の3分の1以下になっていますが、依然、大量のガレキが回収されていること、震災直後に多かった木質ガレキの割合が減少し、プラスティックや金属のガレキの占める割合が増えていることなどがわかってきました。

生態系が「見える」マップづくり

現在、私達が取り組んでいるのは三陸沖合を可視化するマップ(ハビタットマップ)づくりです。海底地形図の上に海水温度や海流、表層の一次生産、ガレキや生物の分布を重ね合わせ、いつどこでなにが起きているのかが手に取るようにわかる地図です。このようなマップがあれば、ガレキを避けながら、より多くの漁獲が得られるようになるはずです。しかしこのマップづくりが究極的に目指すのは、豊かな三陸の海の生産性を最大限維持しながら、将来にわたり海洋生物資源を持続的に利用しつつ海洋生態系の保全を図ることです。大震災という壊滅的な出来事を受けて開始されたこのプロジェクトですが、ここでの活動がわが国の海の利用方策のモデルとなるよう、引き続き本事業を継続していきたいと思います。(了)

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