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オーシャンニューズレター

第343号(2014.11.20発行)

第343号(2014.11.20 発行)

小笠原諸島の豊かな海を未来世代に伝えよう~宝石サンゴ違法操業に実効力のある日中共同対策を~

[KEYWORDS]宝石サンゴ/違法操業/小笠原諸島
小笠原村議会議員◆一木重夫
小笠原村・宝石サンゴ漁師◆平賀秀明
北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター研究員◆石村学志

小笠原諸島の領海・EEZ内において宝石サンゴの不法操業をする中国漁船が急増している。小笠原漁業の被害は切実であり、海洋生態系や漁業への壊滅的な被害も懸念されている。
小笠原の豊かな海を未来世代に伝えるためには、日中両国政府が早急に連携し、違法漁船対策を急ぐことが不可欠である。

小笠原諸島の海と産業

■小笠原諸島の宝石サンゴ

小笠原諸島、その深く薄暗い海の底で、宝石サンゴの紅い樹枝は、百年の月日をもってわずかに3cmだけ成長する。それは日々の喧噪にあるわれわれには遠くかけ離れた時間の流れにも思える。しかし、それゆえだろうか、この海の樹枝の、美しい紅が人々を魅了してきた。2011年小笠原諸島はその豊かで唯一無二の生態系ゆえに、世界自然遺産として登録された。この海の宝石サンゴ、豊かな海、そして、その海とともにある人々の生活が、多勢の中国船による違法操業により、今、危機に瀕している。
小笠原村の海はわが国の排他的経済水域(Economic Exclusive Zone:EEZ)の約三割を占め、村はこの海とともにある漁業と観光業に支えられてきた。豊かな海に支えられた漁業は83名の直接雇用と年間水揚げ金額約5億円をもたらし、これに周辺産業就労人数と経済効果を加えると人口約2,500名の村にとって、最も大切な産業である。また、観光産業は島外からの美しい海を求める観光客による年間約20億円の経済効果をもたらしている。

中国漁船の出没状況

今年4月小笠原諸島海域に生息する宝石サンゴ違法操業により中国漁船1隻が海上保安庁の巡視船により拿捕された。さらに、7月末には漁業調査指導船が中国漁船2隻を発見。9月中旬以降、領海・EEZ内に中国漁船の出没隻数が10~20隻と急激に増加し、小笠原村民の漁業への影響が増大し始めた。10月初旬には小笠原村議会が海上保安庁に緊急要望を実施し、その直後から海上保安庁の巡視船や航空機の警備が強化、そして水産庁の取締船も投入された。しかし10月23日、小笠原諸島周辺領海内で4隻、EEZ内で109隻、合計113隻の中国漁船が発見され、その後わずか一週間後の10月30日に小笠原諸島の領海・EEZ内で48隻、伊豆諸島の鳥島・須美寿島周辺の領海・EEZ内で164隻、合計212隻の過去最多の中国漁船が確認された。一方、9月以降に違法操業・無許可漁業により拿捕された中国漁船の船長は5人であり、内4名は早期釈放制度によりすでに釈放されている。

被害の状況

■小笠原諸島周辺で確認された違法漁業をおこなっているとみられる船

小笠原漁業の被害は切実である。10トン未満の地元漁船のメカジキ立縄漁具の設置場所に、100トン以上の中国漁船が野放図に航行し、漁具破壊や滅失が多数発生し多額の被害がでている。中国漁船が多数で漁場を占拠し、地元漁船による底魚一本釣漁業、メカジキ立縄漁業、宝石サンゴ漁等への操業妨害が続いている。中国漁船による航行妨害、追いかけ、つきまとい、至近距離の接近等で、身の危険を感じる事例も複数報告されている。また、夜間に中国漁船が無灯火で航行している場合があり、未明に操業する漁業にとっては危険で漁場にすら近づけない現状である。
9月下旬からの大規模な中国漁船団による昼夜を問わない海の底を一掃する宝石サンゴ漁により、小笠原諸島の領海・EEZ内の宝石サンゴ資源は壊滅的な被害を受けたと考えられる。読売新聞の報道によると、小笠原諸島周辺海域で中国違法操業船が1隻当たり1カ月に水揚げした宝石サンゴの金額は3億5千万円ほどにも上るという。現在、200隻以上もの中国漁船が小笠原諸島および伊豆諸島海域で同様な水揚げをしたと仮定すると、日本の領海・EEZ内での被害総額は少なくとも数百億円規模と推定される。
小笠原村にとって、それ以上の損失が明らかになっている。宝石サンゴは成長が遅く、骨軸の直径肥大成長速度は年間0.3mmである。つまり、骨軸が3cmに成長するまで100年がかかる。宝石サンゴの持続的利用のためには、操業後少なくとも10~20年間の休漁期間が必要である。このわずか1カ月の壊滅的な成熟個体乱獲により、幼生加入が激減も予想される。そのため、漁場回復には数十年以上を要することとなる。中国船の乱暴なサンゴ網による海底への大きなダメージ、そして、それゆえの海洋生態系や漁業への壊滅的な被害はこれから明らかになる。15年以上前、小笠原諸島では複数の台湾漁船による、大規模な宝石サンゴ密漁被害に遭った。その後、被害海域では底魚等が減少したと指摘されている。無秩序なサンゴ網は宝石サンゴ以上に漁場や海洋生態系を荒廃させている。
加えて、観光産業にも悪影響が懸念される。9月下旬より父島からわずか数百メートルの海域に中国漁船が操業し、ダイビング・観光ツアー船が、中国漁船に航行を妨害される等の事態が発生している。また、発見される中国船の数が100隻を超えるようになり、報道される頻度が多くなっており、美しく平和な小笠原の海を求める観光客に支えられてきた観光産業への被害も明らかになってくるであろう。

今後の対策

中国漁船による小笠原諸島の領海・EEZ内の不法操業を止めるため、短期的および中長期的な対策が小笠原村内で議論されている。短期的には関係法令の厳罰化、および自衛隊に海上保安庁業務を担わせる海上警備行動の発令により、海上警察力の強化を図って中国漁船を拿捕する対策である。また、中国では宝石サンゴの漁獲が法律で禁止されているため、中国当局への働きかけを強め、水際で中国漁船の出漁を食い止め、また中国国内および第三国での水揚げの取り締まりを強化してもらう等の対策も議論されている。一方、中長期的には海上保安庁予算を増やし、小笠原諸島周辺警備を強化してもらうことが議論されている。長期的には小笠原諸島の宝石サンゴが適切に管理された持続可能な資源を供給源とする水産物であることを国際的に保証するエコラベル制度の導入(MSC認証等)、および宝石サンゴが適法に漁獲されたものであることを確認・証明する原産地証明書等の制度をより活用し、宝石サンゴの国際商取引ルール作りを進める必要がある。

最後に

わずか1カ月あまりで、小笠原の海が数百年をかけて育んできた宝石サンゴ、そして海の生態系が失われようとしている。海とともに生きる人々の生活もこれから大きく影響を受けてゆく。しかし、この宝石サンゴや海の再生に何百年の月日がかかろうとも、島民は小笠原の海とともに生きていかねばならない。今、必要なことは闇雲な中国批判ではない。小笠原諸島の美しい海と人々の生活の糧である漁業を不可逆的に破壊している中国船による不法採取を排除し、小笠原の豊かな海を未来世代に伝えることにある。海洋環境を守ろうとする中国の法の下からも逸脱している違法漁船に対して、日中両国政府が早急に連携し、実効力のある対策を急ぐことが不可欠である。(了)

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