Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第342号(2014.11.05発行)

第342号(2014.11.05 発行)

体験!漁村のほんなもん~民泊受け入れの取り組み~

[KEYWORDS]漁協女性部/交流人口の拡大/食育
新松浦漁協女性部部長、第7回海洋立国推進功労者表彰受賞◆荒木直子

「食育」の大切さを痛感する中、漁村地域が一体となって、都市部の修学旅行生の民泊を受け入れることとした。平成25年度の受入数は開始当初の約30倍となっており、年々順調に伸びを見せている。
民泊や魚料理教室は、若い人たちに漁村の魅力や食文化を伝えるとともに、都市部の生徒達との交流により高齢者が元気になるなど、地域の活性化にも貢献している。

地域の概要

私たちの活動拠点である松浦市は長崎県の北部に位置し、伊万里湾に面しています。2006(平成18)年に旧松浦市、鷹島町、福島町の1市2町が合併し、新「松浦市」としてスタートしました。人口は約2万6千人、面積は約130平方キロメートルで、気候は対馬暖流の影響により温暖で、年間平均気温は16℃前後となっています。
私の所属する新松浦漁協女性部は2005(平成17)年の漁協合併に伴い、2007(平成19)年に4つの女性部が合併して誕生しました。現在の部員数は303名と大所帯ですが、女性部全体で視察研修やスポーツ大会、地元イベントへの参加など自主的な活動に取り組んでいます。

民泊の受け入れの動機

■民泊の受け入れ新松浦漁協女性部。賞状をもっているのが筆者

「魚離れ」が問題視される中、私たち漁協女性部では地元の小中学生を対象とした魚料理教室の開催や、未利用魚を活用した水産加工品の製造・販売を通して、魚食文化の継承と、豊かな食生活を維持するための「魚食普及活動」に取り組んでおりましたが、都市部に暮らす共働きの家庭においては一人で食事をとる子ども達が増えていると聞き、そんな子ども達の食事風景を思い浮かべては心を痛めておりました。そんな想いを抱いていた2003(平成15)年、「まつうら党交流公社」から漁協に、都市部の修学旅行生を対象とした魚料理体験の実施と、民泊を受け入れる漁家の協力について問い合わせがありました。「まつうら党交流公社」とは、漁村や農村に生活する人と、農漁村の生活に興味を持つ人々との橋渡しを行い、農林漁業体験の推進を図ることを目的として、2002(平成14)年に発足した民間団体です。
相談を受けた漁協は、家を切り盛りする女性達が参加・協力しなければ民泊への取り組みは不可能だろうと判断し、私たち女性部に相談が持ちかけられました。食への関心や家族で食卓を囲むことの楽しさが忘れられつつある中、「食育」の重要性を強く感じていた私たちは、これをチャンスと思い、女性部員で民泊の受け入れを引き受けることにしたのです。

取り組み内容と成果

■民泊に来た修学旅行生の漁家での生活体験

民泊に来る修学旅行生の多くは、関東・関西方面の都市部の中高生です。性別や学校側から届く情報をもとに、4~5名の子ども達を1グループとして各家庭で受け入れます。対面式を行った後、それぞれの家に移動し、いよいよ漁家での生活体験が始まるのですが、つけまつげを付けた女子生徒や、ズボンを腰まで下げてはく男子生徒など、いわゆる「都会っ子」ならではの風貌を見ると、この子達と馴染むことができるのだろうかと不安になることもあります。しかし家に入れば「家族の一員」です。漁家の生活を体験してもらうことが目的ですので、食事の準備や、布団敷きなどの手伝いはもちろん、お風呂も家族と共有し、都会では味わえない体験を子ども達に経験してもらいます。
魚を使った料理体験では、「切り身」しか見たことがない子ども達にとって、見ることも稀な「丸ごとの魚」を、三枚におろすことから始めます。生徒のほとんどが初めての経験で、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、包丁の使い方はもちろん握り方も分かりません。ノコギリのように包丁を使う生徒、どうやればいいのかわからずに呆然とする生徒、中には魚に触ることもできない生徒もいます。しかし、根気よく教えているうちに次第に上達していき、最後には立派に魚を捌けるようになるとともに、普段は魚を食べないという子も、「自分たちで作り上げた料理は美味しい!」と、たくさん食べていきます。
都会の子ども達を自宅に泊め、慣れない生活を体験させるわけですが、子ども達の順応性は高く、しばらくするとすっかり打ち解けて家族の一員になってくれます。家族として接することで、家庭の温かさや人と付き合うためのルール、みんなで食事をとることの楽しさを伝えられているのではないかと実感しています。
しかし、すべてが順調に進んだわけではありません。農家に比べ漁家民泊は人気が高く、時には受け入れ漁家が足りなくなる状況がありました。このため他の漁家にも民泊受け入れを呼び掛け、当初は10戸であった受け入れ漁家が、現在では100戸以上にまで増加しています。他にも食事はもちろん犬や猫などに対するアレルギーや、心に問題を抱えた子など、子ども一人一人の特徴に対する心配りが必要となる場合もあります。これは大変重要なことですので、事前に学校側から子ども達に対する情報をいただき、問題が生じないよう十分な配慮を心がけています。

民泊活動による漁業の魅力の発信

こうした取り組みが認められたのか、遠方からの依頼や着実なリピーターの増加に伴い、民泊の希望者数は年々増加しています。「まつうら党交流公社」では、農林漁業が一体となった体験受け入れの取り組みを推進しているため、農林漁業全体での実績になるのですが、平成15年度には7校、1,000人であった体験者数が、平成25年度には165校、30,000人と約30倍となっています。
また民泊受け入れを通じて、受け入れ漁家、特に高齢の方が元気になっていることを感じています。漁村地域と都市部との交流を図ることで、地域や漁業の魅力を発信できることはもちろん、地域に暮らす人たちが生き甲斐を感じ、自分たちの仕事に対する"やりがい"を感じる良い機会にもなっているのではないでしょうか。民泊活動に手ごたえを感じ、少しずつ活気づいてきた漁村、漁業の魅力を発信し元気を取り戻しつつある漁業、私たちはこの流れを止めないよう、前進するとともに、若い世代が安心して漁業を継承できる環境を築けるよう、頑張っていきたいと思っています。
最後になりますが、「食育」は、頭の教育である「知育」、心の教育である「徳育」、身体の教育である「体育」、この3育の基礎とも言えます。もっと多くの人に、魚の美味しさ、そしてみんなで食べる楽しい食事のあり方について考えて欲しいと、切に思います。
これからも私たちの家族となった子ども達が一人また一人と増えていき、「魚の美味しさ、そして私たちの想いと願い」を届けてくれることを願っています。(了)

【編注】 タイトルの「ほんなもん」は、長崎弁で「本物」という意。

第342号(2014.11.05発行)のその他の記事

ページトップ