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オーシャンニューズレター

第340号(2014.10.05発行)

第340号(2014.10.05 発行)

駿河湾研究を軸とした教育・地域連携の可能性

[KEYWORDS]駿河湾研究/教育/地域連携
東海大学海洋学部学部長◆千賀康弘

駿河湾を一望する三保半島にキャンパスを置く東海大学海洋学部は、広範な分野を研究・教育の対象としているが、なかでも駿河湾に関連した研究・教育を通して、地域の活性化、防災、安全安心な街づくりなど、この地域社会からの要望に答えることも重要な使命となっている。
駿河湾研究を通して地域から信頼され、社会から必要とされる海洋学部を目指して、今後も努力を続けていきたい。

はじめに

東海大学の創立者・松前重義博士は、人類の無限の未来を「海洋」に見据え、「海洋」における人材育成に取り組むため、東海大学海洋学部を設置した。そのキャンパスは、広大な太平洋へとつながる駿河湾を一望する三保半島に置いた。また東海大学では、海洋学部の創設時から、駿河湾に面する清水港を母港として海洋調査研修船を就航させて、駿河湾から世界に向けて研究発信をおこなってきている。いわばキャンパスの足下に広がる駿河湾は、私たち海洋学部にとって一番身近に感じる「うみ」であり、これまで海洋実習や調査研究など様々な形で利用してきた。

これまで、私たち海洋学部が駿河湾を巡って何をやってきたか

■駿河湾水温長期変動
駿河湾中央定点(34°51.2'N, 138°31.8E, 静岡県水産技術試験場地先定線観測)における過去49年間の表層水温の変動(上:観測値、下:1年移動平均および5年移動平均)

■上/望星丸と富士山
中/海洋観測
下/海洋実習

駿河湾は、日本で最も深い湾として知られ、最深部の水深は2,800mにもおよぶ。富士川の沖2kmで水深500mと急峻な地形から、しばしば深海魚の捕獲が話題になる。最近でも、2014年4月14日に、倉沢沖の定置網にメガマウスザメが入り、由比漁港に水揚げされた。この個体は世界で58例目、日本では17個体目となる体長約4.4mのメスで、冷凍保存された後、5月6日に東海大学海洋科学博物館で公開解剖が行われた。
湾の南側を黒潮が流れ、しばしば黒潮やその分枝流に洗われるため、湾内の環境はその影響を強く受ける。黒潮系暖水の進入に伴う湾内環境の変化や、ときに生じる突発的な強い流れである急潮に関する研究が精力的に行われてきた。黒潮により運ばれてきた生物も多く見受けられ、例えば、伊豆半島北部内浦にある造礁サンゴ群落は、世界的な北限域に当たる非常に貴重なものである。海洋学部では、生態学的な基礎研究に加えて、その保護・修復活動およびそのための技術開発などを地元の企業や内浦漁協と共同して行っている。
特産品であるサクラエビは国内では駿河湾でのみ漁が行われており、静岡県水産技術研究所とも協力しながら、採集調査や漁獲量データに基づく数量的解析に加えて、生殖腺観察等の生理学的な質的解析の両面から資源状態を正確に把握し、持続的な利用を可能にするための研究を進めている。
以上のように、私たち海洋学部では駿河湾の持つ地形的特性によって生じる様々な事象や、特徴的な生物相に支えられた豊かな生態系について多くの研究を行ってきた。その成果は『駿河湾の自然』と題し、海洋地質・海洋物理・海洋化学・海洋生物・海洋環境・海洋工学・海洋資源の観点から駿河湾を解説する書籍として1996年にまとめられているが、もはや20年近くが過ぎている。そこで、2013年度から海洋学部キャンパスに併設する海洋研究所のコアプロジェクトとして、「駿河湾環境変動解明プロジェクト」が活動を開始した。
プロジェクトは、文系から理系にまたがる幅広い分野の学科がそろっている海洋学部の特徴を生かし、校舎の前に広がる駿河湾の環境変動を多角的に研究し、成果を地域に還元することが狙いである。将来的な学際研究を目指し、まず、これまで蓄積されているデータのアーカイブを開始している。海洋学部の基幹科目である海洋実習は、学部共通科目として全学部生を対象に実施している。
実習では海上での気象、海象、CTD(電気伝導度、温度、水深の観測装置)による観測などが行われているが、これまでこうしたデータはバラバラな情報として整理されず、有効に活用されていなかった。特にCTDによる長年にわたる水温や塩分の測定結果は、地球温暖化に伴う海水温の上昇や、数十年規模で生じるレジームシフトに関連して貴重な資料になりうる。そのためプロジェクトでは、海洋実習に関連して保存されている35年分のCTDデータから、保存状態の良い25年分を共通に利用可能なデジタルデータとしてデータベース化しようと試みている。それ以外にも、キャンパス内に設置されている気象台のデータや近隣を航行する駿河湾フェリーの協力を得て収集した湾内の流速データなど、観測プラットホームを持ち、連続して測定が行われているデータの整理を通して、湾内環境の基礎情報を提供しようとしている。
研究活動ばかりでなく教育に関しても駿河湾は大きな役割を果たしている。海洋学部では、海洋に対する総合的な知識と海洋調査に関する技術を持った、海洋環境の保全を担う人材の育成を目指し、2006年度から「海洋環境士」の資格認定コースを開始した。このコースでは、学生が独自の調査計画を立案し実施する必修の「海洋環境総合演習」を課している。調査対象は多くの場合駿河湾が取り上げられ、これまで安倍川河川水の沿岸域における拡散過程に関する調査や、焼津沖での海底地形とその物理・化学環境に関する調査などが行われてきた。コースに参加した学生は、座学で学んだ知識を眼前の海、駿河湾と格闘することで彼ら彼女らの血肉としている。
東海大学は、昨年、文部科学省の「平成25年度 地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)に採択され「To-Collabo プログラムによる全国連動型地域連携の提案」を開始した。これまで以上に地域を志向する教育・研究が進められることとなり、その端緒として、海洋学部でも地元静岡との地域連携事業として『望星丸から眺める三保松原と富士山洋上セミナー』を開催した。海洋調査研修船望星丸での海洋観測や、世界文化遺産に登録された富士山や三保の松原の洋上見学などのプログラムを教職員と学生の協力により実施した。普段決して体験できないプログラムに市民の方々も概ね好意的な反応を示し、今後も駿河湾を通しての地域連携を推進していくことにしたい。

これから、私たち海洋学部は何を目指すのか

私たち海洋学部は三保で生まれ育ってきた。海洋学部は広範な分野を研究・教育の対象としている。地球規模での海洋環境問題の解決とともに、駿河湾に関連した研究・教育を通して、地域の活性化、防災、安全安心な街づくりなど、この地域社会からの要望に答えることも海洋学部の重要な使命である。駿河湾研究を通して、地域から信頼され、社会から必要とされる海洋学部を目指して、今後も努力を続けていきたい。(了)

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