Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第340号(2014.10.05発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌

◆この8~9月に多発した局地的豪雨は未曾有の災害を全国各地にもたらした。たかが雨水どころの騒ぎではなかった。濁流と土石流で犠牲になられた方々のご遺族に心からお悔やみ申し上げたい。家を失い、避難生活もたいへんだし、新しい住み家を探すのも尋常のことではない。雨水はもともと見た目は無色透明であるが、いったん洪水となると土砂の混じった暗褐色から灰黒色になる。
◆濁水が自然に起因する場合もあるが、人間がタレ流した汚染物質による負の影響はさらに深刻だ。伊勢湾の四日市で発生した公害は記憶に新しい。名古屋大学大学院環境学研究科の林良嗣氏は四日市公害裁判を振り返り、コーヒー色の海が青い海に変貌する上で画期的となった裁判の意義を次世代や途上国に伝える責務があると強調されている。四日市だけでなく、沿岸域における公害や埋め立てによる環境破壊は現在も進行中である。戦後の復興から高度経済成長期とその破たんを経験したわが国にとり、過去を「忘れやすい」国民であってはなるまい。
◆汚染水による沿岸環境の劣化は駿河湾でも過去に起こった。富士山麓には豊かな湧水群があり、垣田川の清流やワサビ栽培を知る人は多い。ところが、豊かな湧水を利用して稼働した製紙工場からの廃液問題が昭和40年代に浮上した。山部赤人の「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける」の句が「・・・真黒にそヘドロの海に魚(うを)浮きにける」となった。しかし、それも過去のこととなった。現在、目には見えない湧水の動態を駿河湾・相模湾を例として可視化する研究が進んでいる。駿河湾は水深2,800mに達する日本最深の深海をもつ。世界遺産となった富士山の山頂から深海底までじつに6,500mもの高度差があることになる。富士川の河川水だけでなく、海底湧水が駿河湾の豊かな生物相をささえる一助となっている。東海大学海洋学部長の千賀康弘氏は、駿河湾における文理融合型の研究と教育になみなみならぬ関心を大学が構想されておられ、その現状を報告されている。山からの水循環の意義をさらに深化していくことが研究面からも求められている。
◆2014年4月、駿河湾の深海ザメであるメガマウスザメが定置網で捕獲され話題となった。この夏には、ダイオウイカもメディアによく取り上げられた。かつて本誌(第289号)でも紹介した沼津港深海水族館に観客が殺到したときく。ただ珍しいから見に行くというだけで水族館が人気になるわけではない。水族館プロデューサーを長年手がけられている中村元氏は水族館のあり方について熱く語っておられる。水族館は生き物の「命」とふれあう場であること、人びとが水槽の水の流れや動きに惹かれること、観客であるのは子どもだけでなくむしろ大人であることなど、賛同できる面が多々ある。どうぞ日本の沿岸をヘドロで濁った海にしないよう、そして水族館の清涼感と生命感にあふれる水の世界を堪能しましょう。(秋道)

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