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オーシャンニューズレター

第338号(2014.09.05発行)

第338号(2014.09.05 発行)

なぜ慶良間諸島国立公園は誕生したか

[KEYWORDS]慶良間諸島国立公園/サンゴ/生物多様性
環境省那覇自然環境事務所長◆植田明浩

今年3月5日、「慶良間諸島国立公園」が誕生した。沖縄県の慶良間地域(座間味村・渡嘉敷村)を対象とする27年ぶり31番目の国立公園である。
何故いま慶良間諸島が国立公園として新たに指定されるに至ったのかについて、また慶良間諸島国立公園の区域や自然環境の特徴等について紹介する。

はじめに

私の勤務地沖縄は語呂合わせが上手で、例えば3月4日は三線(サンシン)の日、5月8日はゴーヤの日と挙げればきりがない。3月5日は語呂合わせで「サンゴの日」。最近ではサンゴの日を中心として、沖縄県、地元関係団体に環境省も加わりサンゴの保全やその普及啓発活動が積極的に展開されている。
今年(2014年)のサンゴの日は、わが国屈指のサンゴ礁を誇る「慶良間諸島国立公園」がわが国31番目の国立公園として誕生するという、サンゴにとってまさに記念すべき日となった。そして、国立公園の新規指定は、既存の国立公園の分離や再編成(2007年日光国立公園から尾瀬国立公園を分離、2012年霧島屋久国立公園を霧島錦江湾国立公園と屋久島国立公園に再編成)以外では、1987年の釧路湿原国立公園以来27年ぶりという快挙であった。

慶良間諸島国立公園誕生の背景

なぜ、長い間国立公園の新規指定がなされなかったのか? わが国で初めて国立公園が指定されたのは今からちょうど80年前の1934年(昭和9年)で、日光、雲仙、瀬戸内海といった雄大な山岳景観や海岸展望景観などいわゆる有名な大風景地や景勝地を選定の対象としてきたために、国内の主要な風景地は昭和40年代までに一通りの指定を終えていたというのが主な理由の一つである。その後、新たな風景の価値対象として湿原が加わったことによって1987年(昭和62年)に釧路湿原が指定されたのが唯一の例外とも言える。
ではなぜ今になって新たな国立公園として慶良間諸島が指定されたのか? 実は近年になって、風景のみならず希少な動植物や生態系といった新たな観点が国立公園の保護管理においても重視されるようになり、2002年には自然公園法に生物多様性の確保という文言が登場、2009年には生物多様性が法律の目的規定に追加されるとともに、海域の保全強化のために「海域公園地区」の制度が新設されるなど新たな展開をみせはじめたのである。さらに、2010年名古屋開催の国連生物多様性条約締約国会議(COP10)で生物多様性保全のための短期目標(愛知目標)が採択され、その中で2020年までにわが国の海域の10%を保護区とするという目標が設定された。
これらの動きと前後して、環境省では2007年から2010年にかけて新たな観点からの国立公園新規指定候補地域を選定した。これは、全国を生物多様性、生態系、地形地質といった新たな基準を基に分析したものであり、そのうちの一つに、「透明度の高い優れた海域景観を有するとともに、多様なサンゴが高密度に生息し沖縄諸島周辺海域への幼生の供給源としても、ザトウクジラの繁殖海域としても重要」として慶良間諸島地域(座間味村・渡嘉敷村)が選定されたのである。
これを受け、沖縄を拠点とするわれわれの事務所が中心となって、2012年頃から地元の座間味村及び渡嘉敷村のそれぞれの村長はじめ役場の職員の皆さんや村民の皆さんと幾度にも渉る膝詰めの議論を積み重ね、そして沖縄県庁の関係各部署や国の関係機関等と粘り強く調整・交渉を行った結果、後述する画期的な国立公園が誕生するに至ったのである。

慶良間諸島国立公園の区域と特性

■慶良間諸島のサンゴ礁

■ザトウクジラ(座間味村ホエールウォッチング協会提供)

慶良間諸島は、沖縄県那覇市の西方約40kmに位置し大小30余りの島々からなる。本地域がわが国を代表する傑出した自然の風景を有する地域として国立公園に指定された理由は、陸と海が連続して一体となった雄大で実に多様な景観を有することである。すなわち、多島海景観や海中景観に加え、サンゴ礁を中心とする生態系やザトウクジラの繁殖海域といった海域の多様な生態系を有すること、そして「ケラマブルー」と称される透明度の高い海域、地殻変動に伴う陸地の沈降によって形成された島々や岩礁、切り立った海食崖やリアス海岸、遠浅の白い砂浜とそこで産卵するウミガメといった多様な海域景観を有することが評価されたことによる。
国立公園の区域としては、陸域では3,520ヘクタールであるが、特に海域では海岸線から7kmもの広大な範囲(90,475ヘクタール)が国立公園の範囲として指定された。これまで海岸線から3kmの知床国立公園、5kmの小笠原国立公園の例はあるが7kmは例がなく画期的と言える。さらに、サンゴが高密度に生息する水深30m以浅の海域(8,290ヘクタール)を、熱帯魚の捕獲をはじめ各種行為が規制される海域公園地区として指定したことも特筆に値する。
国立公園内で、海産動物は脊椎動物類が362種、造礁サンゴを含む無脊椎動物類が2,090種確認されている。特に造礁サンゴについては、14科59属248種が確認されており、日本で確認される造礁サンゴのうち約62%が生息している。植生はビロウ林、リュウキュウマツ林等が発達しており、オキナワハイネズ等の矮小化した特異な風衝地植生がみられる。また、リュウキュウヤマガメ、マダラトカゲモドキ、イボイモリ、ホルストガエル等の希少な生物が生息している。通称チービシと呼ばれる慶伊瀬島は、アジサシ類の集団繁殖地であり、鳥類の重要な生息地となっている。12月から4月は、ザトウクジラが繁殖のために慶良間諸島周辺海域を訪れるため、ホエールウォッチングが盛んに行われている。
さらに、国立公園内には御嶽(うたき)、貝塚や史跡・遺跡、戦跡、文化財などが数多くあり、各集落では伝統芸能活動等が残っている。慶良間諸島は、第二次世界大戦末期の沖縄戦における米軍最初の上陸地としても知られており、戦争の悲惨な歴史をもつ地域でもある。

慶良間諸島国立公園のこれから

環境省では、自然保護官事務所(座間味事務室・渡嘉敷事務室)を設置し、レンジャーを常駐させたところである。前述のとおり座間味村・渡嘉敷村の熱意と理解がなければ国立公園の産声を聞くことはなかったであろうことを決して忘れることなく、地元の方々と一緒になってきめ細やかな国立公園の管理運営を行い、ここにしか存在しないここだけの自然及び環境を後世に遺していきたいと考えている。そしてそれが、地域と共生する新たな国立公園のあり方を示すことに繋がるものと私は信じている。(了)

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