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オーシャンニューズレター

第338号(2014.09.05発行)

第338号(2014.09.05 発行)

WMUにおける海洋教育について

[KEYWORDS]海事教育/国際海事機関(IMO)/海事行政
世界海事大学(WMU)准教授◆武井良修

WMUは、1983年にIMOによって設立された海事分野に特化した大学院大学であり広く海洋にかかわる分野の教育・研究活動を活発に行っている。設立以来30年以上にわたり、海事問題の専門家養成に貢献してきた。
海洋の人材育成においてWMUの果たすべき役割はますます大きくなっており、今後もIMOとの結びつきや国際性を活かし海の人材育成に貢献していきたい。

WMUの概要

■現在建設中の新校舎のイメージ(2015年完成予定)

世界の貿易の約90パーセントは、海上輸送によっておこなわれており、海運は世界経済の発展にとって死活的に重要な活動である。しかし1980年代初頭には、開発途上国を中心に海事問題の専門家が不足しているとの認識が共有されるようになり、海事問題を扱う国連の専門機関である国際海事機関(IMO)は1983年に世界海事大学(WMU)※1をスウェーデン・マルメ市に設立した。
WMUは海事分野に特化した大学院大学であり、ベルフォンテーヌ学長代行のもと15カ国出身の22名の教員(日本からは筆者を含め3名)を中心に、海事問題に関する教育・研究・能力開発(キャパシティ・ビルディング)といった活動に取り組んでいる。
世界各地に海事教育を行う大学は数多く存在するが、WMUは(1)船舶職員の養成ではなく、海事行政担当官の教育が主である、(2)学部を持たない大学院大学である、(3)発展途上国のキャパシティ・ビルディングが活動の柱の一つである、といった特徴を備えている。
またIMOとは密接な関係にあり、歴代のIMO事務局長がWMUの総長に就任(現在の総長は関水康司IMO事務局長)しているだけでなく、IMOスタッフによる講義や会議共催などを通じ、IMOが設立した海事専門大学院大学という特徴を活かして教育・研究活動の充実に取り組んでいる。
1988年より、日本財団からは海洋政策研究財団を通じて奨学プログラムを設けていただいており、これまでに511名の笹川フェローに対して奨学金を提供していただいている(なお、日本からも毎年2~3名の海事行政担当者が修士課程の学生として派遣されている)。さらに、笹川フェロー卒業生のネットワーク作り※2および日本財団寄附講座を開設などさまざまな形で海事教育向上のための多大なる支援を賜っており、ここに改めて感謝の意を表したい。

現在の教育・研究活動

■昨年11月に開催されたマルメでの卒業式の模様

■国際会議「マリタイム・ウィメン:グローバル・リーダーシップ」

WMUの代表的な教育プログラムはマルメで1年2カ月にわたって開催される海事問題についての修士課程であり、現在6つの専攻(海上安全・海洋環境行政、港湾管理、海運管理・ロジスティクス、海事教育訓練、海事法政策、海洋環境・海洋管理)がおかれている。
例年100名以上の学生が入学しており、昨年9月には45カ国から120名が入学した。なお、学生の多くは開発途上国で海事行政の分野において数年以上の職務経験を有する行政官である。同修士課程では、第1学期にはすべての専攻の学生が共通の基礎コース6科目を履修し、自らの専攻分野以外を含め海事問題全般について広範な知識を習得する。続く第2学期にはそれぞれの専攻ごとに多数の専門科目を履修する。この期間には、さまざまな研修旅行(フィールド・スタディ・プログラム)が各専攻のカリキュラムの一貫として組み込まれており、学生は教室での授業に加え、これらの実践的な体験をもとに各専攻ごとに必要な専門知識を習得する。そして、最後の第3学期には、自らの専攻の枠にとらわれずにさまざまな選択科目を履修する。これらの選択科目の講義には学外からも多数の専門家を招聘し、学生が各分野の第一人者から教授をうけることができるようにコースデザインがなされている。
なお、成績優秀なものは修士論文の執筆を行うことができ、WMU教員の指導の下にこの期間を論文執筆にあてることが許される。修士課程の学生は、そのほとんどが大学の近くにある寮で生活をしており、大学から帰宅した後もさまざまな専攻の学生と交流している。また、学生同士の交流だけでなく、大学が紹介するホストファミリーからスウェーデンの文化・生活について学べることも特筆すべき点である。
このほかに海事問題についての博士課程を有しており、さらに中国の大連および上海においてもアウトリーチ活動の一環として修士課程を設けている。学位プログラムに加え、海上保険についての通信制のディプロマ・プログラム、さらにはマルメだけでなく世界各地で海事問題に関するさまざまなトピックについての社会人教育コースを開催している。
これに加え、近年は研究活動も活発化している。上述の博士課程の研究の多くはWMUの研究プロジェクトに密接に関連しており、多くの博士課程の学生がリサーチ・アシスタントとしてWMUのプロジェクトにも参加している。これらの研究活動は成果物の発表を通じて開発途上国のキャパシティ・ビルディングに貢献しており、さらにWMUの教育カリキュラムの改善にも活用されている。研究活動の活発化を背景に、毎年、海事問題に関するさまざまな国際会議が開催されており、本年3月31日~4月1日に開催された「マリタイム・ウィメン:グローバル・リーダーシップ」という海事社会で働く女性についての会議には74カ国から265名が参加した。多数の修士課程の学生も参加し、この分野の最新の知見に触れることができた。

今後の課題

WMUはIMOの活動領域である海運の安全・安全保障や海洋汚染防止といった分野における海事教育・研究の国際的な拠点として、その活動を拡大してきた。WMU卒業生の多くは、帰国後には教育内容を活かして海事関連のキャリアを積んでいる。学生の多くは各国の海事行政の中枢を担う期待を受けて派遣されている有望な人材であり、3,000名を超える卒業生のなかには、トルコの運輸・海事・通信大臣および各国の海上安全部局ならびに港湾管理の責任者など既に各国の海事行政機関において責任ある地位についている者も少なくない。
経済・社会のグローバル化を背景として複雑化している海事行政の推進のためには、目先の職務遂行に必要な小手先のスキル習得では不十分であり、より広い視野を持って海の問題に取り組んでいくことのできる有為の人材育成が必須である。今後、真の意味での海洋教育のためにWMUが果たすべき役割はこれまでになく大きい。WMUの特徴であるIMOとのつながりおよび国際性を活かし、海の人材育成を一層すすめていきたい。(了)

※1 WMUのHP http://wmu.se/front
※2 Friends of WMU JAPANのHP http://www.wmujapan.net

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