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オーシャンニューズレター

第336号(2014.08.05発行)

第336号(2014.08.05 発行)

洋上航空機事故の捜索救難

[KEYWORDS]洋上飛行/救命捜索/事故調査
日本ヒューマンファクター研究所研究主幹、元パイロット◆本江 彰

エンジンの信頼性が大幅に改善され、多くの双発機が洋上飛行をできるようになった。洋上における捜索救難は、きわめて難しく、労力とコストがかかる。しかし、原因を究明し再発を防止するためには、ブラックボックスの回収と海中に没した残骸調査が不可欠である。
社会安全を希求する世論が、海中捜索を伴う徹底解明を求めるのは当然の成り行きであろう。

はじめに

■図1:マレーシア航空機の航跡、出典i.telegraph.co.uk

クアラルンプールから中国北京に向かったマレーシア航空370便 ボーイング777型機(双発機)は、2014年3月8日に消息を絶ち、インド洋のどこかに墜落したのではないかと推測されている。様々な憶測が乱れ飛んではいるが、現在、確実な情報は得られていない(図1)。今後の洋上捜索活動は困難を極めることであろう。

長距離洋上飛行

■図2:長距離進出運航180分ルール海域図
出典:FAA

大型旅客機であれば、どの航空機でも長距離の洋上飛行を許可されるわけではない。許されるためには、いくつかの条件を整えなければならない。一つは装備である。洋上で遭難した時に備えて救命ボートや救命胴着を旅客数だけ搭載することが航空法に定められている。
洋上飛行は、4発機もしくは3発機で行われることが多かった。双発機の場合は、エンジンが故障すると残るエンジンは一つとなるので、すぐさま緊急事態となる。国際的には双発旅客機を対象とした、長距離進出運航(ETOPS:Extended Operation with Two Engine Airplane)のルールが定められている。端的に言えば、双発機が着陸可能な陸地からどの程度離れて飛行できるかの基準である。基準には航空機の機能・性能、運航管理体制、整備体制も勘案されている。当初は60分であったが、エンジンの信頼性が大幅に改善され、多くの双発機が当初の3倍の180分の長距離進出が認められている(図2)。計算上、洋上を含む地球上のあらゆる路線を運航するためには207分の進出が必要になるが、B777、B787といった新鋭機と高性能のエンジンの組み合わせでは既に一部認可されている。安易に数字合わせがされているわけではなく、慎重に実績を積み重ねた結果である。今後、パイロットの中にはそのパイロット人生の間に、一度もエンジン故障を経験しないパイロットも出るであろう。燃料効率の悪い4発機に代わって、双発旅客機が増えてきた理由の一つでもある。

洋上での緊急事態

海上には着陸地がない上に、着水技術が難しく、洋上での遭難は誰も望んではいない。
事故が起こると航空機に搭載されている航空機用救命無線機(Emergency Locator Transmitter:略称ELT)が遭難位置を知らせるために何種類かの電波を発信する。航空機、船舶、衛星などによって捜索が行われ、電波の補足に努める。ELTの電波の発射持続は周波数によって異なるが、48時間程度で、それ以降は電波による捜索は困難になる。
広い海中の点のような遭難位置を特定することは決してやさしいことではない。207分の長距離が認められているような最新鋭機には、ACARS(automatic communications addressing and reporting system)が搭載されており、航空管制にも使われているが、航空会社の運航管理にも利用されており、航空機の状態、一定時間での位置情報が自動送信され、救難捜索には貴重な情報となる。また、事故調査に不可欠なボイスレコーダーとフライトレコーダーのデータが、通称ブラックボックスに収められている。海没した場合でも発見できるように、位置通報用の音響発信機を内蔵しているが、バッテリーがおよそ30日程度の容量しかないために、捜索に手間取るとバッテリー切れで手がかりを失う恐れがある。
今回のマレーシア航空370便(B777双発機)の行方不明事件では、ACARSのスイッチが切られていたとの報道があり、かなり航空機の構造に詳しい人間が関わっていることが予想され、初動捜索にも困難を極めたことが推測される。

事故調査と海中捜索

写真3:海中から回収したTWA800便の残骸

国際民間航空条約の規定に基づいて、事故調査は、事故の発生した国の政府が行い、事故機の所属国および製造国の代表がオブザーバーの形で参加するのが通例であるが、2009年のエールフランス447便事故は公海で発生したため、所属国のフランスが中心となって事故調査が行われた。この事故では、ある程度の予測遭難位置と操縦室内でのトラブルの様子がACARSデータから判っていた。フランスとブラジルの海軍が海上に漂う事故機の残骸を発見し、その後数週間の海上捜索を行ったが、機体主要部の残骸とブラックボックスは発見できなかった。捜索は困難を極めた。2011年4月、フランスの総力を挙げての4回目の大捜索で3,900mの深海でブラックボックスと機体の残骸等が発見され、引き上げ作業で多くの残骸も引き上げられた。海底で2年近くが経過していたにも拘らず、フライトレコーダー、ボイスレコーダーの記録データは良好だった。翌2012年フランス航空事故調査委員会は詳細な事故報告書を発表した。
残骸とブラックボックスの回収は、事故調査には極めて重要な情報をもたらす。衝撃的な事例としては、1996年7月に発生したトランスワールド800便(B747、4発機)の事故である。ニューヨーク発パリ行きのTWA800便は離陸して12分後に空中爆発をしてロングアイランド沖の大西洋に墜落をした。1週間後に開催が予定されているアトランタオリンピックを狙ったテロが疑われ、多くの専門家もテロ説を支持した。機体の残骸は海中の広範囲に散乱していたが、米国国家運輸安全委員会(NTSB)は徹底的な海中捜索を10カ月以上行い、最終的には95パーセントの機体残骸を回収した(写真3)。アメリカの航空事故史上類を見ないほどの時間と労力と費用が投入された。結果的に燃料タンクの爆発を墜落原因とする報告書が発表されたが、テロ説に加え陰謀説が世間に渦巻いていただけに、これだけの徹底した調査が行われなければ報告書は説得力を失っていたかもしれない。
洋上で起こった事故は原因究明のために大きな労力と費用を必要とする。1952年から1954年にかけてのコメット機(4発機)の連続事故の際、時の首相チャーチルは「イングランド銀行の金庫が空になってもいい、事故調査を徹底的に行え」と事故原因の徹底究明を指示したと伝えられている。マレーシアの国力を考えると、マレーシア航空機の調査は前途多難が予想される。1985年、御巣鷹山事故の際、日本の航空事故調査委員会はブラックボックスを引き上げたが、海中の残骸調査はしなかった。ボーイング社の修理ミスが確実視されていたためかもしれないが、予算の不足もささやかれた。事故が起こらないことを願うが、もし事故が起これば、日本でも海中捜索の費用が必要になることは確実であろう。(了)

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