Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第334号(2014.07.05発行)

第334号(2014.07.05 発行)

アジアの漁業資源回復に日本の技術を

[KEYWORDS]漁業資源/増殖技術/爆弾漁
(株)天龍会長◆塩澤美芳

各地の海洋や内水面で違法漁業や乱獲で漁業資源が枯渇の危機に直面している国が少なくない。漁場管理や魚の増殖技術は日本が世界に誇る技術と言ってよい。この「お家芸」を活かした国際貢献にもっと積極的に取り組んでよいのではないか。
東南アジアを舞台にした例を挙げながら、日本が漁業保護のためにできることを考えてみた。

はじめに

戦争直後、20歳過ぎの時に釣竿作りを家業と定めた。仕事の一環で始めた釣りはいつしか生涯の趣味となり、北はカムチャッカ半島から南はオーストラリアまで、アフリカ大陸を除くすべての大陸を半世紀以上にもわたって釣り歩いてきた。60年以上も国内各地、世界各国を釣り歩いてきたなかで、栄える水域も、滅びる水域も見てきたが、東南アジアを舞台にそれぞれ2つの例を挙げて、日本が漁業保護のためにできることを考えてみたい。

巨大魚を壊滅させた爆弾漁

■2年前まではたくさん釣れたベトナムのGT。現在は爆弾漁で壊滅状態にある。

「GT」(ジャイアントトレバリー)と呼ばれる魚がいる。日本名はロウニンアジ。最大で180cm、80kgにまで達する。名前の通り巨大なアジで、北は日本南岸から南はオーストラリア、西はアフリカ東岸から東は太平洋まで幅広く生息している。扁平な身体に厳つい顔がその特徴で、サンゴ礁回りで30cmもある大型ルアーを水面で引くと、ジョーズさながら背びれを立てて追いかけ、 激しく水面を破って食らいつく。このスリリングなゲームに魅せられた釣り人は、日本国内はおろか、フィジー、オーストラリア、パラオ、モルディブやニューカレドニアまで世界を駆け回ってこの魚を追い求めている。
ベトナムでも5年ほど前から、地元の釣り人が知識も何もないところからポイントを開拓し、漁師だった人たちを遊漁船の船長に育て上げ、コンディションの良いときは疲れて嫌になるほど釣れたという。私も3年前に現地に飛び、ベトナムGTに挑戦したのだが、人口100万近い大都市からわずか2時間足らずのクルーズで「ルアーフィッシャーマンの夢」が世界の他の地域と比べてたやすく釣れてしまうという、素晴らしい状況に本当に驚いた。船の装備や操舵方法をルアー釣りにあったものにすれば、さらに素晴らしい釣り場として発展してゆくだろうと想像していたのだが、残念なことに「パラダイス」はわずか3年ほどで終焉を迎えてしまった。GTがたくさん釣れているという噂を聞きつけた漁師たちがGTの棲むサンゴ礁の回りなどに大量の火薬を仕掛け、爆弾でその水域の魚たちを壊滅させたのだ。ある時など1日で30トンもの魚が水揚げされたらしい。それから1年、海には少しずつ魚が戻りつつあるが、かつての賑わいはない。漁師の家族の生活が道楽の釣りよりも大切なのはもちろんだが、爆弾漁はベトナムでももちろん違法である。しかし正義がいつも通るわけではないのがこの国の実情だ。
カンボジア国境に近いベトナムの別の小島でも、地元の漁師たちは網目の非常に細かい底引き網に電気ショックを併用し、島周囲を不毛の海にしてしまった。魚が捕れないから漁師の数も激減したという。南の国から届く悲しいニュースに落胆しながら、目の前の水揚げ量にのみ固執する「旧来」の漁が行われている地に、漁業組合の組織化や育てる漁業など、漁業大国・日本が培ってきた技術、経験を大きく活かせるのではないかと考えていた。

賞賛されるべき支援

その成功例を私たちは同じ東南アジアのタイ王国に見ることができる。バラマンディという魚もまた、GT同様釣り人憧れの魚のひとつである。シルバーに輝く精悍な魚体は最大20キロにもなる。日本で「幻の魚」と呼ばれているアカメ(赤目)の同属でやはり暗闇の中では目を赤く怪しく光らせる。その強烈な引きを楽しむために遠くオーストラリアまでこの魚を求めて遠征する釣り人も少なくない。東南アジアにも広く生息していたのだが、食味が非常に良いため乱獲されてしまい、タイなどでは日本のアカメよりはるかに捕獲が困難となり、天然水域でこの魚が釣れることは、極めてまれになってしまった。
ところが現在、この「幻の魚」はタイ各地のスーパーマーケットの鮮魚コーナーでは主役級の扱いを受けており、店頭の一番良い所にずらりと頭を並べている。大規模なスーパーでは生簀の中で活魚がゆうゆうと泳いでいる。また首都バンコクや観光地のパタヤ周辺にはバラマンディを気軽に楽しむことができる専用の釣り堀が数多くオープン。タイでルアーフィッシングが一般化する大きなきっかけとなった。そしてそれはベトナムなど周辺諸国にも大きく広がりつつある。こうしたバラマンディの養殖技術は、(独)国際協力機構(JICA)の協力のもと開発されたものだと聞く。いろいろ批判の多いJICAの海外支援だが、バラマンディの養殖技術については、この魚を食べる人から釣り人まで、非常に多くの人々の役に立つ支援事業となったようだ。

豊かな海を取り戻すために

■瀬戸内海で釣れたタイを持ち上げる筆者。増殖事業の成功例と言える。

今年5月、四国八十八カ所巡りの帰り道に瀬戸内海で船釣りをした。穏やかな波に揺られ、美しい島々を眺めながら「タイラバ」というルアーの一種で鯛を狙ったのだが、60センチを超える大鯛以外にもアコウ、スズキと様々な種類が釣れた。この日は潮回りなどの条件が決して良かったわけではなく、にもかかわらず私のような高齢の者にもたくさんの魚が遊んでくれ、この海の豊かさに本当に驚かされた。アコウは関西方面では最高級魚の部類に入るし、その他の魚も言わずと知れた高級魚ばかりだ。季節を選べばヒラメを狙うのも難しくないという。こうした魚たちは一時は漁業による乱獲で激減し、瀬戸内海で釣ることは非常に難しくなっていたのだが、各地の水産試験場などを中心として、親から卵を採取して稚魚に育ててから海に放す「種苗放流」に取り組んだ結果、今の豊かさが戻ってきたのだという。
人が自然に手を加えるのは慎重でなければならない。同じ放流にしても、成魚になるまで養殖した渓流魚を大量に放流し続けた結果、残念なことに日本のほとんどの河川は養殖魚の「釣り堀」のようになってしまった。理想はもちろん自然本来の力による回復を待つことだが、現在のように自然自体が人間の開発で本来の力を失い、また家族を養うために漁に携わる漁業者がいる以上、放置するだけでは貴重な資源としての魚は減るばかりである。こうした漁場管理、漁業資源の増殖の分野において日本は世界に大きな貢献ができるはずである。(了)

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