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オーシャンニューズレター

第334号(2014.07.05発行)

第334号(2014.07.05 発行)

魚類における放射性セシウムの動態

[KEYWORDS]カリウム/浸透圧調節/塩類細胞
東京大学大学院農学生命科学研究科教授◆金子豊二

セシウムは生体を構成する元素ではないが、ひとたび体内に取り込まれると同じアルカリ金属に属するカリウムと同じような挙動を示す。従って、魚の放射性セシウムによる汚染・除染のメカニズムを理解するには、カリウムの代謝機構を十分に理解する必要がある。
本稿では、魚類における放射性セシウムの取り込みと排出のメカニズムについて、最新の知見をまじえて紹介する。

セシウムの動態とカリウム代謝

東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故により、多量の放射性物質が環境中に放出された。放射性物質による汚染は陸域ばかりでなく、河川湖沼や海洋といった水圏にも及び、そこに生息する水生動物に甚大な影響を与えている。中でも放射性セシウムによる水生動物の汚染は、周辺の水産業に大きな打撃を与えた。しかしセシウムによる汚染のメカニズムに関する知見は乏しく、特に魚がどのようにセシウムを取り込み、どのように排出するのか、よく分かっていない。そもそも、セシウムは生体を構成する元素ではないが、ひとたび体内に取り込まれると同じアルカリ金属に属するカリウムと同じように挙動する。そのため、セシウムの体内における動態を知るには、カリウム代謝を理解する必要がある。

魚類の浸透圧調節と塩類細胞

海水や淡水といった環境塩濃度に関わらず、魚の血液浸透圧※1(塩分濃度)は海水のおよそ1/3に保たれている。水の中で生活する魚類では、表面積の広い鰓を介して水や塩類が体内外の浸透圧差や塩濃度差に従って勝手に移動してしまうが、体液浸透圧を生理的範囲内に保つため魚類は陸上脊椎動物とは異なる浸透圧調節機構を発達させている。魚類の浸透圧調節器官は鰓、腎臓および腸が主なものだが、中でも鰓に存在する塩類細胞※2はさまざまな塩分環境に適応する上で重要な役割を果たしている。海水魚では外から塩分が流入し血液浸透圧が高くなる傾向にあるが、鰓の塩類細胞が体内に過剰となる塩分を排出することで、血液の浸透圧を海水よりも低く保つことができる。逆に体内の塩分を流失しがちな淡水魚では、塩類細胞が塩分を能動的に(つまりエネルギーを使って)取り込むことで浸透圧の低下を防いでいる。塩類細胞の機能は塩分の排出や取り込み(浸透圧調節)の他、酸塩基調節やカルシウム調節など多岐にわたることが分かっているが、こうした中、私たちの研究グループは塩類細胞がカリウムを排出することを新たに見出し、その排出の仕組みを解明した。

塩類細胞からのカリウム・セシウムの排出

■図1:A.テトラフェニルホウ酸とカリウムが反応して生じた鰓表面の沈殿。赤い点はカリウムの存在を示す。B.塩類細胞(緑)の頂端部に発現するカリウムチャネルROMK(赤)。塩類細胞の外界に接する細胞膜上にカリウムを通す穴(ROMK)が存在し、そこを通して体内のカリウムが排出される。

■図2:塩類細胞におけるカリウム/セシウム排出の分子モデル。塩類細胞の細胞膜上に分布する種々の輸送体タンパクによって塩類の輸送が行われるが、中でも外界に接する細胞膜上に発現するROMKがカリウム排出の中心的な役割を果たす。

淡水魚でも海水魚でも血液のカリウム濃度はおよそ4mM(0.004mol/L)に維持されているが、これは海水のカリウム濃度(10mM)よりも低い値である。そのため、海水魚では体内にカリウムが流入し、過剰となるカリウムを排出しなければならない。カリウム排出を担当する器官として考えられるのは腎臓と鰓である。しかし、腎臓がカリウムの主要な排泄器官とは考えにくい。なぜならば、海水魚は体内外の浸透圧差によって常に脱水され、そのため水が貴重な海水魚はごく少量の尿しか排泄しないからである。そこで鰓から過剰となるカリウムが排出されるという仮説を立て、その検証を試みた。
まず、テトラフェニルホウ酸という試薬がカリウムと反応し沈殿を生じる現象を利用して、海水飼育したモザンビーク・ティラピア※3の鰓からカリウムが排出されるかを検討した。この反応で生じた沈殿は塩類細胞の上に位置し、しかも沈殿には多量のカリウムが含まれることが元素分析の結果より示された(図1A)。このことから、海水ティラピアで鰓の塩類細胞からカリウムが排出されることが明らかとなった。次に塩類細胞に発現するカリウム輸送に関わる鍵となる分子を特定するため、まず哺乳類の情報を参考にティラピアの鰓で発現するカリウム輸送タンパク質を数種類同定した。それらの中で低カリウム環境よりも高カリウム環境で遺伝子発現が高くなるものを探したところ、ROMK (renal outer medullary potassium channel)と呼ばれるカリウムチャネルが候補として浮上してきた。阻害剤を用いた実験や組織学的な検討を重ねた結果、このROMKが塩類細胞のカリウム排出を担う中心的な分子であることが判明した(図1B)。
一方で、同じアルカリ金属に属するセシウムは生体内でカリウムと似た挙動を示すため、体内に取り込まれたセシウムはカリウムと同じように塩類細胞から排出される可能性が高い。そこでセシウムを注入した鰓を使って、上記と同様の方法で塩類細胞からのセシウム排出の可能性を検討した。その結果、テトラフェニルホウ酸と反応させることで、塩類細胞付近に沈殿が形成された。続いて元素分析を行ったところ、形成された沈殿中にはカリウムに加えてセシウムが検出され、鰓の塩類細胞がカリウムばかりでなくセシウムも排出することが示された(図2)。

魚類におけるセシウムの動態

海水の魚がセシウムに汚染される主な経路として、体表(主に鰓)からの受動的な取り込みに加え、飲水と摂餌が考えられる。飲水や摂餌により腸管内に入ったセシウムは、カリウムと同じ経路で体内に取り込まれる。体内外のセシウム濃度が平衡状態に達すると、取り込まれたのと同じ量のセシウムがカリウムとともに排出されるが、その主な排出経路は海水魚の場合、鰓の塩類細胞である。一方、淡水魚は水を飲まない上、環境水中のカリウム濃度が低いので体表からの受動的なセシウムの取り込みも少ない。そのため、淡水魚のカリウム/セシウムの取り込みと排出(代謝回転)は海水魚に比べて遅く、放射性セシウムの生物学的半減期は淡水魚の方が海水魚よりも長い。
一方でタコやイカなどの海産無脊椎動物は体液の浸透圧を魚類のように厳密に調節する機構を欠き、血液(血リンパ)の浸透圧は海水とほぼ等しい。そのため、体内外で塩類が比較的自由に移動でき、仮にセシウムが体内に取り込まれても速やかに拡散して体外に出てしまう。海水魚と異なり、海産無脊椎動物がセシウムによって高濃度に汚染されたという報告は稀であるが、これは海産無脊椎動物が汚染されにくいということではなく、汚染されてもすぐに除染されやすいためと考えられる。
今後、水産動物の体内におけるカリウムやセシウムの動態をより深く理解することが、放射性セシウムの防汚や除染を考える上でますます重要となる。(了)

※1 浸透圧=浸透圧とは半透膜を隔てて水と水溶液を置いた場合に生じる圧力差と定義される物理化学的用語であるが、血液の浸透圧はもっぱら塩分によって規定されるため、血液浸透圧は塩濃度とほぼ同義と考えてよい。
※2 塩類細胞=主に魚類の鰓に分布する塩類輸送に特化した細胞。塩類細胞は頂端膜を介して外界と直接接する。
※3 モザンビーク・ティラピア=アフリカ原産のティラピアの1種。海水・淡水の双方に適応できる広塩性魚で、魚類の浸透圧調節研究に広く使われている。

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