Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第332号(2014.06.05発行)

第332号(2014.06.05 発行)

海洋文化の拠点ー沖縄海洋文化館の始動

[KEYWORDS]カヌー/オセアニア/航海
南山大学人文学部教授、同大学人類研究所長◆後藤 明

2013年10月、海洋文化を体験するための施設である海洋文化館がリニューアルオープンした。総合監修をつとめた筆者がその特徴と意義を解説する。とくにここで紹介した4隻の大型カヌーは一隻ずつストーリーをもち、またそれぞれ違った形で現地社会との絆再構築と意識覚醒につながっている。
海洋文化館は古いエキゾチックなものの展示館ではない。今日のオセアニア社会への扉なのである。

海洋文化館の建造とその後の経緯

■海洋文化館展示ホール
http://oki-park.jp/kaiyohaku/inst/35/37
沖縄県国頭郡本部町字石川424番地
開館時間:8:30~19:00(夏期)

海洋文化館は1975年に沖縄本土復帰を記念して開催された沖縄国際海洋博覧会の政府出展の海洋文化パビリオンとして建造された。当初は博覧会を主催した通産省管轄であったが、やがて建設省、現在は国交省の管轄となっている。同公園内の美ら海水族館の成功を背景に2003年、筆者のもとに資料評価の依頼が来たのを皮切りに更新事業が本格化し、2013年10月、約40年ぶりの展示リニューアルが完成した。

新展示の概要

■タヒチのダブルカヌー

■リエン・ポロワット号

海洋文化館は7つのゾーンに分けられており、主なものは次の通りである。
入り口を入ると受付から見下ろした階段の下にタヒチ型ダブルカヌーが展示されている〈ゾーン1〉。このカヌーが新海洋文化館のシンボル的存在であるのは、その美しいフォルムだけではない。この型式の船はかつて英国のクック船長がタヒチに来訪したとき、王が神官や戦士を同伴して出迎えるのに使われたからで、来訪者を迎えるに相応しいシンボルなのである。このカヌーはタヒチ島のカヌー造りの村、タウティラ村で1970年当時、復元建造された。
私は2009年にこのカヌーの来歴を求めてタウティラ村を尋ねた。建造に携わった村民のほとんどが他界していたが、当時の船大工棟梁の未亡人に会うことができた。写真を見せると突然夫人は涙ぐみ「亡くなった夫の魂が今戻ってきたのを感じる。今までこの舟を大事にしてくれてありがとう」と何度もお礼を言い、当時の村長が日本にあてたタヒチ語の手紙のコピーも嬉しそうに声を出して読み上げた。
〈ゾーン2〉は2階とそれに続くロフト部で構成される。まず太平洋への大移動を地図と映像によって3幕構成で展開している。またここには古代ポリネシア人が移住に使ったダブルカヌーに食料などを積んだジオラマが製作されている。さらにこのゾーンのメインホール側にはカヌー模型の展示空間があり、カヌーの大型模型が20点展示されている。ロフト部にはミクロネシア・カロリン諸島の航海師の誕生(人を育てる)およびカヌーの誕生(カヌーを造る)を2枚の30mバンドデシネ(連続絵巻)手法で説明している。
ロフトから見下ろすと1階には、長さ30m、幅15mの青い巨大な太平洋地図が俯瞰できる。この地図は入口側から奥にかけて、アジアからポリネシアへと地図上を人類の移動に沿って歩むことができる。床地図には楽しい仕掛けが施されている。床面の海を海亀、飛魚、鰹、鯨の親子などがときおり泳ぐのである。そして最後に父鯨が奥の大型スクリーンでジャンプすると、スクリーンではポリネシアの古老が孫たちに過去の大航海の伝説を語る物語が始まる。この映像はクック諸島の島民によって演じられた物語で、老人が白砂のビーチに座って2人の孫である兄妹にかつて祖先が行った大航海について語るのである。
両側のロフト部の下に「海洋文化のひろがり」6部屋が置かれている。その内容は、住、食、漁撈、音楽、信仰、装い、となっている。
〈ゾーン4〉には海の交流をテーマに、3隻の航海カヌーが展示されている。まず海洋博当時にパプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島で収集された交易用カヌーがある。このカヌーは伝説的なテレビ番組『すばらしい世界旅行』(1966~1990年日本テレビ)でクラ交易※1を取り上げたときに使われたカヌーで、船団を率いたシナケタ村の首長トコバタリアが乗っていた、いわば旗艦である。私はこのカヌーの来歴調査のために2011年現地を訪れた。村で写真を見せて訪ねると、当時トコバタリアに伴ってクラ交易に参加した古老2人と巡り会うことができた。2人とも写真を見せるとこのカヌーが今でも原型をとどめていることにたいそう驚き、ひとりは「自分だけ生き残ってこのカヌーに再び巡り会え、死んだ仲間に申し訳ない」と語った。
さて海洋博当時、カロリン諸島から航海カヌーチェチェメニ号が来訪したことは有名である(スタジオ海工房のDVD『チェチェメニ号の冒険』)。チェチェメニ号はその後大阪の国立民族学博物館に展示されている。今回の新展示で航海カヌーの実物がないのは「画竜点睛を欠く」ので、リニューアル最大の目玉としてカロリン諸島航海カヌー建造プロジェクトが開始された。製作地はポロワット島に決定し、島の航海師マニー・シカウ氏や首長テオ氏も、若い世代に航海カヌー作りを伝授する良い機会ということで全面的な協力を表明した。2012年3月、船体にするパンノキの伐採が儀礼をともに行われた。その後カメラマンが島に残り製作の全工程を映像に収めた。完成後テオ氏ら8人がポロワットからグアムまで850キロの航海を2013年6月に成し遂げた。カヌーはグアムで解体され日本に輸送、その後テオ氏らが来日し海洋文化館内で再組み立てを行った。
これら以外にパプア・ニューギニアのラカトイも展示されている。ラカとはカヌー、トイは3を意味し、文字通り三艘の丸木船をならべた交易用トリプルカヌーである。そのヒリ交易※2は1950年代に終了したが、1975年パプア・ニューギニア国独立のときエリザベス女王来訪を記念してラカトイが復元されて以来、現在まで独立記念日に再現され国の象徴となっている。
〈ゾーン5〉では沖縄の海洋文化、とくにサバニと漁撈文化について展示してある。今回の展示の目玉のひとつとしてマルキフニ(丸木舟)を西表島で数十年ぶりに琉球マツから建造した(マチキフニ=松木船)。さらにサバニ(鱶舟)の発達が一目でわかるように、糸満で建造した本ハギ舟と南洋ハギ舟を並べている。
〈ゾーン6〉には2010年ソロモン諸島で行われた太平洋芸術祭のときに集合したカヌーの写真に、新海洋文化館は21世紀の今、太平洋各地で進みつつあるカヌールネサンスや文化復興をリアルタイムで発信するための場としてこそ意味があるといった趣旨の文章が添えられている。
海洋文化館の入り口の〈ゾーン0〉の壁には日本語、英語、韓国語、北京語、広東語で海洋文化館の意義と歓迎の言葉が記されている。また展示のキャプションも同様である。かつて東シナ海には倭人という海人集団がいて、この海域の文化交流を担っていた。領土問題で周辺諸国と軋轢が増している今こそ、海洋文化の交流や共同研究を進めるべきである。私もその実践として琉球列島最古の渡海民を探るために、台湾の研究者やアミ族の方々と沖縄の民俗知識を結集して、旧石器時代の船を再現し、黒潮を渡る実証実験を開始するところである。また同時に海洋文化館の再生に呼応して日本航海協会を有志と立ち上げ、アジア・太平洋の海洋文化交流の二大拠点にするべく計画している。(了)

※1 クラ交易とは、ニューギニア島南東岸に隣接する諸島群でみられる儀礼的贈物交換の体系
※2 ヒリ交易とは、ラカトイで行われたガルフ湾における土器とサゴヤシ澱粉を交換する交易

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