Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第332号(2014.06.05発行)

第332号(2014.06.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌

◆2014年4月16日に韓国南部の珍島(チンド)沖で旅客船セウォル号が沈没する悲惨な海難事故が発生した。珍島周辺の海は潮の干満差が大きく、春の大潮になると珍島から芽島(モド)に歩いて渡れる「海割れ」が起こる。珍島沖の激しい潮流と悪天候のなかで今も救助活動がつづく。人災の色濃い事故が脳裏に焼き付いたまま後記を書くこととなった。
◆偶然とはいえ、本号3編の共通テーマは船である。(独)海洋研究開発機構理事の堀田 平氏は、日本における海洋調査・観測のための多元的な取り組みについてふれ、これまでの諸事情を抜本的に改善する必要性を提言されている。日本の海洋調査・観測の技術力はけっして世界スタンダードに劣るのではない。この点はもっと強調されてよく、国家レベルでの戦略的な取り組みこそが喫緊の課題だろう。現代では宇宙、海上、海底における立体的な調査研究が進められている。さらに、極域における砕氷船による夢のある海洋開発に期待したい。
◆瀬戸内海は美しい島じまの回廊を織りなす海である。都市化、高齢化の波は瀬戸内海の離島にも押し寄せ、無医療施設の島じまが多い。中山間地域であれば車や脚でまわることもできるが、離島となると船で巡回するしかない。済生会が進める「瀬戸内海医学」の実践形態はその典型例であり、そこで活躍するのが『済生丸』である。この船は海を渡る病院として瀬戸内海各地を巡回し、昭和37年から今日まで地球を19周走航した記録にあたる航海の実績をもつ。阪神・淡路大震災のさいには神戸港に駆け付け、救助と医療活動に尽力した。高度な医療機器を搭載し、平時の診療・検診活動を進める一方、緊急事態にも対処できる能力を備えた頼もしい船であることはまちがいない。
◆広大な太平洋を渡った古代ポリネシア人が使った船は太平洋の人類史を考えるうえで興味が尽きない。今回、オセアニアのカヌーを一堂に集めた海洋文化館が沖縄本部(もとぶ)半島にある海洋博会場でリニューアル・オープンした。わたし自身も1975年の海洋博開催当時、海洋文化館で仕事をしたことがある。今回のリニューアルに指導的な役割を果たした南山大学の後藤明教授はカヌーに熱い思いをもつ考古学者である。大型の帆走カヌーによる遠洋航海がミクロネシアのカロリン諸島で実践されてきた。しかし3000年以上の歴史をもつ太平洋の遠洋航海術は地球上から消えようとしている。現代のミクロネシアの若者たちは航海術やカヌーの建造技術が失われつつあることに危機感をもっている。海の世界遺産として継承されることを望まずにおれない。そのための情報の収集と発信のハブとして沖縄の海洋文化館が重要な役割を担っている。
◆現代でも海を侮ったりすると、悲惨な事故につながることは上にみたとおりである。船が人類史のなかで果たしてきた多様な役割と意味についていま一度考えてみてはどうだろうか。(秋道)

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