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オーシャンニューズレター

第332号(2014.06.05発行)

第332号(2014.06.05 発行)

わが国の海洋調査・観測の現状と展望

[KEYWORDS]海洋調査能力/海洋調査船/海洋観測機材の開発
独立行政法人海洋研究開発機構理事(開発担当)◆堀田 平

東日本大震災での巨大な海底地震・津波の経験、海底資源への国民の期待、海洋権益に対する懸念などから「海洋」への関心が急速に高まっている。これまで以上に海洋を広域かつ大水深まで、高精度に知ること、そしてそれに基づいて海洋を適切に利用して恵みを享受することが求められている。
海洋調査のわが国の概況を紹介し、その問題点と展望について述べる。

はじめに

このところわが国では、東日本大震災での巨大な海底地震・津波の経験、海底資源への国民の期待、海洋権益に対する懸念などから海洋への関心が急速に高まっている。その関心は、これまで以上に海洋を広域かつ大水深まで、高精度に知ること、そしてそれに基づいて海洋を適切に利用して恵みを享受することにある。
そこで、本報においては「海洋を知る」ための海洋調査のわが国の概況をご紹介し、その問題点と展望について私見を中心に述べさせて頂く。

海洋調査・観測の現況

■図1:深海調査船『かいれい』による観測概念図

海洋の調査として、海岸付近を除けば、概ね船舶、観測ブイ・フロート、海中ロボット、海底地震・津波計、潜水船などによる海上・海中・海底での観測や観測衛星による海面の観測が行われ、これにより海上の大気や海面の波浪、海面・海中の流れ、温度、海水成分、生物、そして海底の地形、地質(海底下構造)、地震・津波、磁力・重力などを、調査目的に応じた海域・測線、水深、時期、時間間隔そして精度で把握することができる。また、船舶・ブイ等による海中の観測データと衛星による海面の観測データを併せて広域・立体的な観測が可能となる。船舶による観測例として(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海調査船『かいれい』の観測機能を図1に示す。
わが国における海洋調査は海上保安庁、気象庁、水産庁、経済産業省(JOGMEC)、(独)宇宙航空研究開発機構(JAXA)、JAMSTECや大学、各県の水産試験所、海上自衛隊などがそれぞれの目的に応じて保有する船舶・衛星・機材を用いて行っており、また民間の海洋調査会社の保有する船舶等による観測も行われている。

調査・観測における問題点

広域・大水深海域における調査能力の不足

例えばわが国の海底資源の可能性を調査しようとすれば、石油・天然ガス資源や鉱物資源がこれまで余り調査されていない海域に賦存する可能性もあることから、世界第6位の広さの排他的経済水域を対象とした調査(検討)が必要となる。また、東日本大震災や今後も起こるであろう南海地震などの海溝型地震の震源が海溝軸周辺の数千メートルの水深となる海域となることが判りつつある。しかしながら、これらの調査を行える船舶等の機材とそれらを運用する人員がわが国ではあまりに不足している。
一方、公海を含む海外の海域で海洋調査を遂行する能力は、単に機材や運用人員のみならず、関係国・機関との協議・契約、市場調査・開拓を推進する能力も相当に不足しており、わが国には70社を超える海洋調査企業があるが、海底資源調査に関わる海外の巨大な市場に対して世界展開を図れる企業はほぼ無いのが現状である。

調査のための財政事情の逼迫

国の財政事情は決して楽観できるものではないことを筆者も承知しているが、前述のような国民の海洋に対する期待とは裏腹に、海洋の現場では相当に厳しい予算のもとでの調査を余儀なくされている。それに加えて昨今の原油高、円安による船舶運航費の増大、制度的制約もあり、海洋調査船の運用と海洋調査の実施は年々厳しさを増してきている。

わが国の海洋技術力の低下

海洋調査船はところどころに最先端の技術を導入することが必要であるが、国等による新造船の機会が減少したことに伴い、わが国の造船界全般的にはその建造能力は低下しているのではないかと危惧している。また、自動位置保持装置(DPS)や各種の海中音響機器などの船舶に搭載する艤装品や海洋観測機材の多くは海外製品のほうが優れていると思われており、外国製品が満載された調査船が建造されることもある。これは単に建造費用や機能だけの問題ではなく、船舶艤装品や観測機材が海外の「標準(認証)」の取得、もしくはメーカー特有の検定(較正)を必要とするなど欧米メーカーの優位性を覆せないわが国メーカーの技術力にも起因している。

海洋調査活動に対する制約

世界のさまざまな情勢の変化、開発途上国の意識の向上などから、旧東側諸国や南太平洋の島嶼諸国などでは、他国の排他的経済水域内における調査が承認されないケースがこのところ次第に増えつつある。また、わが国においても漁業者と競合する海域での海洋調査は年々そのための協議が難しくなっている。その他、海外において生物多様性の維持や海洋哺乳動物の保護の観点から、とりわけ米国周辺海域では、海洋調査において海中で発する音に対する制約が年々難しさを増している。

海洋技術を主導する海洋国家に

わが国が保有する海洋調査・観測技術を個々に評価すれば世界トップクラスに位置づけられるところにあると思われる。一方で、海底資源開発の進展、海洋に発生する災害の監視・減災など国際的な海洋調査の需要はますます巨大になってきているが、わが国がその巨大な市場に食い込むことはこれまで全くできなかった。しかし、わが国の潜在的な技術力は高く、官民ともに意欲は十分にある。是非ともわが国の力を結集し、世界の海洋調査をリードする国力を育み、海洋から十分の恩恵を受ける国としたいものである。(了)

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