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オーシャンニューズレター

第331号(2014.05.20発行)

第331号(2014.05.20 発行)

わが国におけるマルチビーム測深機の普及

[KEYWORDS]港湾工事/災害復旧/瓦礫調査
(株)東陽テクニカ海洋計測部部長◆半谷和祐

1995年、阪神・淡路大震災直後の神戸港では、救援物資輸送のための航路調査が急がれていた。この調査で活躍した測深機器が、国内企業では初めてで、まさに導入されたばかりのマルチビーム測深機であった。
その後20年近くが経過し、マルチビーム測深機は、面的な測量を行う上で、今日では海底だけでなく岸壁や海洋構造物の検査や、ダムや河川の測量においても必要不可欠な機器となっている。

はじめに

■マルチビームによる測深イメージ

マルチビーム測深機は、1963年に米国General Instruments 社と米国海軍で共同開発された。Sonar Array Sounding System(SASS)と呼ばれ、船が進む方向に沿って水深の2倍の幅での測深が可能で、10,000m以上の深海の海底地形を効率的に把握することができる性能を有していた。その後、日本では1983年に、軍用から商業用に転用されたSeaBeamと呼ばれる初めてのマルチビーム測深機が海上保安庁の測量船「拓洋」に搭載された。また、1985年には海洋科学技術センター(現(独)海洋研究開発機構)の海洋調査船「かいよう」、さらに1988年には東京大学海洋研究所(現東京大学大気海洋研究所)の学術研究船「白鳳丸」(現(独)海洋研究開発機構所属)にもこの機器が搭載された。そして、深海調査において数々の発見に貢献した。マリアナ海溝チャレンジャー海淵での調査において世界で最も深い海底の水深が10,924mであることを突き止めたのもこのSeaBeamであった。

阪神・淡路大震災

1995年1月17日未明の阪神・淡路大震災。ビルが倒壊し道路は寸断され、ライフラインは完全に途絶えた。被災者にどうやって救援物資を届ければよいのか。陸路は全く使えない状態であった。そこで海に活路を求めたが、神戸港はことごとく破壊されていた。航路が埋まっている可能性があり、物資輸送のための大型船舶が入れなかった。
そのような状況のもと、震災のちょうど1カ月程前に、神戸市西宮に支社を有する大手測量調査会社に最先端の測量機器が納入されていた。この支社も被害を受けていたが、社内ではこの測量機器を使えば、利用可能な岸壁がどこにあるのか、すぐに分かるはずだとの話が持ち上がっていた。そして、機器がすぐに神戸港に運び込まれた。
これが国内の民間調査会社で初めて導入されたマルチビーム測深機であった。この機器は、世界初のポータブル型浅海用マルチビーム測深機(SeaBat9001S)で、わずか数トンの小型船にも取り付けが可能であったことから、被災後すぐに艤装され、測量作業が開始された。
これまで大型の官公調査船に導入されていたSeaBeamは、数千m以深の深海部を調査のターゲットとしたものであり、ごく浅い港湾での測量には適さなかった。しかし、このSeaBat9001Sは、浅い海域を迅速に測量することが可能で、その上、ソナーヘッドを傾けて艤装すれば、岸壁際のケーソンの状態も手に取るように把握することができた。阪神・淡路大震災の直後、マルチビーム測深機は、利用可能な航路や岸壁を探す上で大いに活躍した。

関西国際空港埋立工事と羽田空港拡張工事

マルチビーム測深機が、工事用の深浅測量機器として業界に認知されたのは1999年に着工された関西国際空港第二期工事である。この工事は埋立工事としては水深が深く、軟弱な海底地盤や速い潮流などの条件が重なり、難しい工事であった。
第一期工事は1987年に始まり、1991年に約515ヘクタールの人工島が完成した。水深約18mの海上に人工島を造成する工事で、施工中、工事に伴う深浅測量が繰り返し行われていた。この工事では日本初の汎用デジタル式精密音響測深機(PS-20R)と電波測位機が用いられ、シングルビーム測深データと位置データは逐次コンピュータに収録されていた。この時に投入された測深機は100台以上と言われている。
これに続く第二期工事は1999年に始まり、2004年に545ヘクタールの人工島が完成した。面積は一回り大きく、水深も約19mと深かった。この工事では、当時普及段階にあったマルチビーム測深機が本格的に投入された。工事で常時稼働していた測深機台数はわずか10台程度であった。このように台数が大きく減少したことは、マルチビーム測量機器がもたらした驚くほどの効率の向上を示すものであり、測量船の輻そうを減らし、安全性の向上と省エネ化にも貢献した。
その後2007年には、羽田空港D滑走路の工事が始まった。この頃には1本1本のビームの角度が0.5度という、より精度の高い第3世代のマルチビーム測深機が主流となっており、深浅測量の主力は、すでに「シングルビーム」から「マルチビーム」に移行していた。また、GPSを併用し、船の動揺の影響を補正するための高精度センサーを用いることで、マルチビーム測量の精度の向上を強力に後押しした。
このような技術の発展により、マルチビーム測深機は深浅測量にとどまらず、岸壁やケーソンマウンドの亀裂、水中構造物の浸食や波浪によるズレなども管理できるほどの精度を実現し、すでに港湾工事の様々な分野で必須の機器となっている。また、羽田空港D滑走路が完成した2010年頃には、一台の機器で周波数を切替え、港湾内から400m程度の中深海域までを測深可能な2周波型の第4世代の機器が市場に投入され、マルチビーム測深機の技術発展の速さを感じることができる。

東日本大震災

■東日本大震災後マルチビーム測深機を艤装し調査準備を進める小型漁船

2011年3月11日の東日本大震災では、最大遡上高が40mに達した大津波によりあらゆるものが海に流出した。それらは大量の瓦礫となり、船舶の航行や漁業再開の妨げになっただけでなく、行方不明者の捜索をもいっそう困難なものとしてしまった。このため、まず瓦礫の除去がなにより先に必要とされ、海底に散乱した瓦礫の場所を把握するための瓦礫マップの作成が急がれた。
しかし、調査を行いたくても被災地の船は、ほとんどが流出してしまっていた。支援の船が日本海側から陸路で運ばれてきが、集められた船は用途や大きさがまちまちで、そのほとんどが数トンにも満たない小さい船であった。ここで威力を発揮したのが、サイズ・重量を従来型の半分程度にした第5世代と呼ばれる最新の多周波可変マルチビーム測深機であった。被災地ではこれら最新の機器も投入し、2012年から本格的な港湾瓦礫調査が開始された。青森県から千葉県にかけての被災した300港以上の港で、復旧作業がすでに始まっている。
マルチビーム測深機を国内で初めて提供し25年以上の経験と実績を有する当社としては、ニーズを敏感に捉え、最先端の測量機器を提供し、サポートし続けることで、不測の災害対応はもとより、インフラ整備や環境保全など、多様な場面で今後も社会に貢献していきたい。(了)

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