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オーシャンニューズレター

第327号(2014.03.20発行)

第327号(2014.03.20 発行)

厳しい海洋環境に挑んだボスポラス海峡横断鉄道トンネル

[KEYWORDS]海底トンネル/トルコ150年の夢/ICT
大成建設(株)技術センター土木技術研究所水域・環境研究室室長◆伊藤一教

トルコ共和国のボスポラス海峡に、アジアとヨーロッパを結ぶ海底トンネルを建設することは「トルコ150年の夢」と言われていた。2013年10月29日、ボスポラス海峡横断鉄道トンネルがついに開通した。
海底トンネル建設現場の海洋環境を紹介し、ICTを活用した本プロジェクトについて紹介する。

海洋と建設

海洋土木や海洋建築という言葉があるように、海岸堤防、港湾施設、渡海橋、人工島などに代表される社会資本の建設は「人と海洋の共生の場」を与える事業である。完成した社会資本は厳しい海洋環境下においても頑強に存在しうるが、その建設段階においては波や流れといった海洋環境が施工を困難なものにする場合がある。そこで、本稿では2013年10月29日にトルコ共和国で開通したボスポラス海峡横断鉄道トンネルのうち海底トンネル建設とボスポラス海峡の海洋環境について紹介する。

ボスポラス海峡横断鉄道トンネル建設プロジェクト

■図1:函体沈設状況図

本プロジェクトは、トルコ共和国イスタンブールの交通渋滞の緩和を目的とした全長約14kmの鉄道トンネル建設工事である。このトンネルはボスポラス海峡で隔てられたアジアとヨーロッパを結び、海峡部には約1.4kmの海底トンネルが、陸上部にはアジア側とヨーロッパ側を合わせ12.6kmのトンネルが建設された。ボスポラス海峡に海底トンネルを建設しアジアとヨーロッパを結ぶことは「トルコ150年の夢」と言われ、1860年に描かれた絵がその構想を示す証として今なお保管されている。
2004年に着工した海底トンネルは沈埋トンネル工法で建設された。この工法(図1参照)は、沈埋函(ちんまいかん)(函体)というコンクリート製の箱型構造物を予め浚渫した海底(トレンチ)に沈め、既設函体と水中で接合する「沈設」と呼ばれる作業を繰り返す。最終的には、土砂・砕石等で浚渫前の海底形状に埋戻すことでトンネルが完成する。ちなみに、沈埋トンネル工法とは、沈設の「沈」と埋戻しの「埋」の頭文字から称されている。
本工事の函体は長さ99~135m、幅15m、高さ8mの全11函で構成され、最大設置水深は60mであった。従来、沈埋トンネル工法は、沈設作業船から吊り下げた函体が波や流れによって動揺し、既設函体と衝突するなどのリスクを回避するため、波や流れが比較的穏やかな海域に適用されてきた。また、既設函体と水中接合する最終精度は1~2cmを求められるため、設置水深が深くなることは施工精度の確保を難しくする。したがって、潮流の速い、強潮流で知られるボスポラス海峡での沈設は、厳しい海洋環境の克服が必要であっただけでなく、これまでに建設された沈埋トンネルの最大設置水深が米国BERTトンネルの42.5mであったのに対し1.5倍深い条件も施工をより困難なものにした。

ボスポラス海峡の潮流とICTを活用した取り組み

■図2:海底トンネル上の流速分布の計測結果

ボスポラス海峡は黒海とマルマラ海を南北に結ぶ海峡であり、海峡の北側に位置する黒海には、周りを取り囲む大陸から淡水が注ぎ込むため、黒海表層の海水塩分はマルマラ海の海水に比べ低い。そのため、海峡南端に位置する海底トンネル建設地点では、黒海から塩分が低い海水(軽い水)がマルマラ海に向って表層を流れ(南向きの流れ)、底層では塩分の高いマルマラ海の海水(重い水)が黒海に向かって流れるため、流向の異なる上下二層流を形成している。2004年9月より、トンネル建設地点の流速分布、海峡南北端の気圧、風向、風速および潮位をモニタリングした。図2は超音波流速計によって計測した海底トンネル上の流速分布である。表層の青系色は南へ向かう流れを、底層の赤系色は北へ向かう流れを表し、表層と底層で流向が異なる。表層は底層に比べ流速が速く、水深の中間あたりには流速がゼロに近い境界層が現れる。
強潮流で知られる明石海峡の場合、潮流の主因が潮汐であるため定期的に「潮止まり」と呼ばれる流速が遅い時間があり、その日時も予測できる。ゆえに、潮止まりを考慮することで難工事の施工計画や施工可否判断ができる。しかし、ボスポラス海峡の潮流は潮汐には依存しておらず、風や気圧の変化が強く影響していた。海峡の潮流は、海峡両端の水位差に支配され、マルマラ海側の水位に比べて黒海側の水位が高くなるとトンネル建設地点の流速が速くなる。黒海側の水位上昇が顕著となるのは、黒海からマルマラ海に向う強い北風が継続する時であり、海峡表層の流れが加速する。それに伴いマルマラ海から黒海に向かう底層の流れは減速し、最終的に底層流は押し戻され二層流が消滅する。つまり、表層流が加速すると図2の赤系色が減少し、最終的には表層から底層まで青系色に変化する。そして、北風が弱まるとマルマラ海から黒海に向かう底層流が回復し二層流に戻る。以上は特徴的な潮流変化の一例であるが、潮流は気象の影響を強く受け、風の発達と潮流の発達の間には時間差もあり、表層と底層の境界層の高さも潮流の変化に合わせて上下する複雑な流況であった。実際の現地では10時間程度で潮流が急変することも頻繁にあった。
沈設作業(図1)を完了するには連続36時間が必要であり、潮流3ノット(1.5m/s)以下を条件に施工を計画した。ゆえに、確実な沈設のためには、潮流が連続36時間3ノット以下のタイミングを予測し、沈設を実施しなければならなかったが、経験的に予測することは困難であった。そこで、現地データの分析結果や3次元シミュレーション結果を活用し、施工可否判断を支援する潮流予測システムを開発した。
構築したシステムは、トルコ共和国の気象庁より提供された詳細気象予測値とリアルタイムの現地気象海象データを入力値として動的統計解析手法により36時間先までの流速分布を予測するものであり、モニタリングデータおよび予測データをインターネット上で常時配信するシステムであった。インターネットというICTを活用することで、国内外の関係者が時差なく情報を共有し適切な施工可否判断ができ、2009年9月に全11函体の沈設作業を無事完了した。従来、波や流れが比較的穏やかな海域に適用されてきた沈埋トンネル工法を強潮流・大水深海域で完成できたことは、海底トンネル建設の選択肢を広げ、ICTを活用した潮流予測システムはインフラ技術の海外輸出に寄与する情報化施工の事例と考える。
最後に、「人と海洋の共生の場」を提供する海洋工事は、厳しい海洋環境がプロジェクト毎に異なる。それゆえ、海洋環境の理解と海洋環境を克服するさまざまな技術開発が必要であると考える。(了)

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