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オーシャンニューズレター

第322号(2014.01.05発行)

第322号(2014.01.05 発行)

産官学金連携事業による海洋探査機の開発

[KEYWORDS]江戸っ子1号/産官学金連携事業/町工場の活性化
(株)パール技研代表取締役、江戸っ子1号プロジェクト推進委員会◆小嶋大介

深海探査機「江戸っ子1号」は、東京下町の町工場の活性化をめざした、「産官学金」連携のプロジェクトである。
夢を実現しようと立ち上がった中小企業=「産」、海洋の専門家である(独)海洋研究開発機構=「官」、研究と解析力を支援する芝浦工業大学・東京海洋大学=「学」、予算管理だけでなく全体の技術統括までをも担った東京東信用金庫=「金」。官学金が中小企業の弱い部分を補ったからこそ、ここまでの開発が可能となった。

東京下町の町工場の活性化をめざして

江戸っ子1号は、発案者の杉野行雄氏が、まいど1号※1の開発に刺激を受け東京下町の町工場の活性化、技術伝承、下請け体質からの脱却を目的とし、「大阪が宇宙なら東京は深海だ!」と深海探査機の開発を目的として始まった。その夢を実現しようと立ち上がったさまざまな中小企業=「産」と、そこに賛同し協力をしてくれる(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)=「官」、芝浦工業大学・東京海洋大学=「学」、東京東信用金庫=「金」による「産官学金」連携のプロジェクトである。
立ち上げメンバーは海洋に関する知識を集めるべくJAMSTECを訪問した際に、海洋研究に使われる部品の多くは海外の中小企業が作っている部品であることに愕然とした。ものづくりの国と言われている日本の技術者として自分たちの技術が生かせる場がここにはある。海外製品に負けないモノを造り上げようと決意した。

深海探査機の開発へ

■江戸っ子1号プロジェクト全体会議

当初は海底を動き回るロボットの開発を想定していたが、専門家の意見などを参考にどのようなロボットを作れるか理解し始めたときには、開発費、製作費、操業費ともに町工場が手を出せるレベルではないことがわかり、数多くの中小企業が離脱し、残ったのは杉野ゴム化学工業所と浜野製作所の2社だけであった。それでも夢を追い続けたメンバーはその後も勉強を続けていった。JAMSTECの研究者からガラス球使用の提案を受け、海底で動き回るロボット方式をやめ、開発費を抑えた深海探査機の開発へと再びチャレンジし始めた。そのころ立ち上げメンバー2社に加えパール技研、ツクモ電子工業が加わりコアメンバー4社に学官金の連携体制で2011年江戸っ子1号プロジェクト推進委員会※2として正式に発足した。
深海探査機の機能は、「ガラス球を耐圧容器とする」「錘によるフリーフォール型の深海探査機とする」「海中ゴム通信を行う」とし、その目的は「8,000mの深海を目指す」「海底で泥を採取する」「海底で3Dハイビジョンによる魚類の撮影を目指す」とした。そして、それぞれ3項目の機能制限、目的を掲げ、開発を始めることとなった。各球、躯体をそれぞれ分科会形式でコア企業4社それぞれが担当リーダーとなり、大学(研究室)はそれぞれの専門分野に近い分科会に所属した。各社の得意分野はもちろんのこと、大学の協力を得ることで専門外の分野の開発も積極的に参加し開発を進めていった。分科会立ち上げ当初は開発をどのようにして進めていけばいいのかなど手探りの状態でスタートしたが、「まずは集まる」「些細なことでも色々と討論してみる」「とにかく物を作ってみる」を合い言葉に取り組んできた結果、分科会内の結束力の強化にも結びついた。
中小企業は得意な製作を中心に、大学は得意な解析を中心に行い、実験や打ち合わせは双方協力し進めていくことで中小企業、大学共にお互いの強い部分を出すことができた。また、さまざまな打ち合せや実験を通じて開発を進めていくことによりお互いが刺激を受けより良いものを作りたいと考えるようになった。分科会での開発内容を全体技術会に持ち寄り報告、討論、調整を行い分科会にフィードバックを行った。開発が進むことによりプロジェクトメンバーの拡大、連携の強さがさらにいい循環となり、後半になればなるほど開発内容が充実した。現在は、5社の企業に対して40名近くの支援者が集合して議論を行う、一大プロジェクトにまで成長している。

江戸っ子1号プロジェクトの特徴

■2013年8月の実証実験を経て、11月24日に7,800メートルの深海域に生息する生物の3D撮影に成功した。(写真:(C)江戸っ子1号プロジェクト推進委員会・JAMSTEC)

このプロジェクトは「産」である中小企業の活性化として進めているプロジェクトであり、コア企業以外にも多くの協力企業が集まった。ソニーのエンジニア有志からは、ソニー製品の貸与だけでなく、様々な助言をいただいた。新江ノ島水族館では営業時間外に大水槽を用いての海水実験が何度も行われた。また、バキュームモールド工業によるガラス球カバーの製作は設計変更を繰り返し現在の形へ。そしてプロジェクトの肝でもあるガラス球を岡本硝子により開発・製造が行われ、国産化が可能となった。後に岡本硝子はプロジェクトのコア企業としても参加し、現在は5社のコア企業での体制になった。このようにさまざまな企業の協力を得て開発が進んでいる。
設計主体は企業側に置きながら、「官」として海洋の専門家であるJAMSTECが技術指導を行って企業・学生の育成を図る体制でプロジェクトを支えて頂いた。その甲斐があり前述のコンセプトが決まりJAMSTECの実用化展開促進プログラムに応募、採用となり共同研究契約を締結して前述の全体技術会議や各分科会での成果報告に対して専門家ならではのアドバイスをいただくだけでなく、通常では持ち得ない特殊な設備を使用することで実際に近い条件での実験を行うことができた。そして実際の目標である深海8,000mでの実験は機材、スタッフの揃ったJAMSTECの実験船を使用することで、船の準備などコストや事務的な労力がかかる部分をお願いでき、いい環境で実験に集中し行うことができた。
「学」の芝浦工業大学、東京海洋大学は研究室の教授、担当学生が一丸となり研究力、解析力を発揮し中小企業の一番弱い部分を補った。中小企業メンバーが本業で時間が取れないときも学生の積極参加により課題をクリアしたことも少なくない。参加した学生には実戦に近いテーマでの研究、社会人との交流によりその後の研究、就職にも役立っていると聞く。
「金」の金融機関は事務局としてプロジェクトの内外問わずスケジュール調整、進捗管理、予算管理、外部交渉などを行う。中小企業の集まりだけではどこかに負担がかかってしまう事務仕事を担い、プロジェクトの運営で欠かせない存在である。また、懸案事項等が出た際に金融機関ならではの幅広いネットワークの活用で解決してきた。ここが通常の産官学連携事業とは違い、江戸っ子1号プロジェクトの運営に大きく寄与している。この深海探査機は小さいといえども一つの総合技術の産物であり、全体の知識を熟知しそれを取りまとめる統括者が不可欠である。プロジェクトの推進に必要な技術の統括については本来企業側で実施するべきだが、経験者がなく大学も各専門分野に偏りがちのため、金融機関のコーディネーターが全体の技術統括を行ってきた。この知識は今後のユーザーの注文に対して、どのように対応していくかなど技術営業に不可欠な部分である。この部分を担当する統括者の企業内での育成が必要で、これが今後の一番の課題だ。このように産官学金どこか一つでも欠けることがあれば途中で挫折することもあったかもしれない。官学金それぞれが中小企業の弱い部分を補ったからこそ、ここまでの開発が可能となった。(了)

※1 まいど1号=JAXAのマイクロラブサット(μ-LabSat)小型衛星をベースとし、JAXAとそのサポート企業が製作し、東大阪宇宙開発協同組合(大阪府立大学および東大阪市商工会の協力を経て2002年設立)が部品と一部組み立てを行った。2009年1月H-IIAロケット15号機に搭載、種子島宇宙センターから打ち上げに成功。
※2 江戸っ子1号プロジェクト推進委員会 http://edokko1.jp/member.html

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