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オーシャンニューズレター

第2号(2000.09.05発行)

第2号(2000.09.05 発行)

海洋深層水資源に依存した循環型社会への移行の提案

東京大学大学院総合文化研究科教授◆高橋正征

非再生型資源で築かれた20世紀の豊かさを、21世紀には再生型資源で維持することを提案する。その最も大きな可能性が海洋深層水資源である。

1.はじめに

20世紀は化石燃料などのエネルギーを使って地上・地下の資源を盛大に利用し、私たちの物質的な豊かさが飛躍的に増大した。しかし、同時に、資源の枯渇と地球環境問題という二つの問題を背負った。地球環境問題はこれまでのような地下資源を利用していく限り解決の見込みはない。というのは、それらの資源を使うと廃棄物の撒き散らしが避けられないからである。もし撒き散らしを止めて廃棄物を回収して安全に処分しようとすれば、莫大なエネルギーと資源が必要で、得られる利益以上の負担になる可能性が高い(社会教育協会、1999)。

20世紀に得た物質的な豊かさをできるだけ維持して、かつまた、先に掲げた問題を回避しようとするには、これまでとは違った資源に切り替えて行く必要がある。その最も大きな可能性を秘めているのが海洋深層水(深層水)である(高橋、2000)。

2.海洋深層水資源とその利用

海洋深層水はおよそ300m以深の海水で、低温(エネルギー)・栄養塩類(肥料)・清浄性・水・塩・金属類などの資源性が知られている。これらはすべて私たちが必要としている基本的な資源で、しかも海水という一つの物質に含まれている。これは限られた資源性しかもたなかった従来の資源とはまったく異なる。さらに、深層水は地球上で最も量の多い海水の95%という膨大な量で、その上に、深層水の資源性は数年から数千年で再生循環する。ただし、問題は資源の薄さである。深層水の資源性の特徴をこれまでの資源と比較したのが表1である。

深層水の資源が世界的に関心を集めたのは1973年の石油ショックで、石油に代わる新エネルギーの一つとして海洋温度差発電が取り上げられた時である。米国では温度差発電の検討をはじめて間もなく、いったん汲み上げた深層水を温度差発電に使った後で、他の資源性を次々と多段的に利用していく総合的な資源利用が考えられた(Othmerand Roels,1973)。温度差発電を中心とした深層水の資源利用の研究のためにハワイ州政府は1974年にハワイ自然エネルギー研究所の設立を決定し、1990年にはハワイ自然エネルギー研究機構として研究と事業利用の両方を同時に進める体制を作った。そこでは、温度差発電の技術開発研究をはじめ深層水資源のさまざまな利用研究が進められていて、一部は事業利用に移っている。

日本でも石油ショック直後の新エネルギー開発で、通産省が温度差発電に取り組んだ。温度差発電以外の深層水の資源利用は科学技術庁が担当し、1986年から国家プロジェクトを起こして1989年に高知県室戸市に深層水の陸上利用施設と、富山湾に海上取水施設を造った。富山湾では温度差発電の基礎研究も行われたが、主として深層水の含む肥料による海域の肥沃化が目的であった。一方、高知では深層水のもつ低温・清浄・富栄養はもとよりのこと、それ以外でも可能性のある資源性の多くが検討されてきた。洋上型はプロジェクト終了とともに撤収し解体されたが、陸上型はそのまま引き続いて利用された。

日本でのこれまでの一連の深層水の資源利用は、取水管1本で1日に6500トンの取水量が最大で、規模が小さい。しかし取水管の設置コストが高く、深層水の事業化では附加価値の高い利用に限られ、これまでは清浄性の利用が主である。頑丈な取水管のためすでに敷設されている6本は、古いものでは11年目になるが、損傷などのトラブルはまったく発生せず極めて信頼性が高い。すでに化粧品・飲み水・スポーツドリンク・酒・醤油・味噌・豆腐・パンなど、食品を中心として数10品目の商品が開発され売られている。しかし、飲み水とスポーツドリンクを除くと、必要とする深層水の量は多くはいらない。現状では、既設の取水施設でほとんどの需要をまかなえる可能性が高い。したがって、今後は、取水施設を造る努力以上に深層水を使って事業化できる新しい利用面を開発して行く必要がある。

ここ数年の日本での深層水商品の開発と市場での関心の高さが評価され、ハワイの研究・事業化に対する行政の理解が以前に比べて得やすくなった。また、フランス、台湾、韓国、インドなどでも深層水の資源利用にさらに強い関心を示すようになった。

表1.これまでの資源と海洋深層水資源の特徴
 これまでの資源(例:石油・石炭・鉱石)海洋深層水資源
資源密度濃い(○)薄い(×)
資源量少ない(×)豊富(○)
資源価値限定・少ない(×)多様(○)
再生循環性なし(×)あり(○)
環境問題多い・深刻(×)なし・少ない(△)

3.海洋深層水資源に依存した循環型社会

深層水の本格利用の中心はエネルギー・肥料・金属類で、これらは日量で数10万トン以上利用しないことには経済的な事業利用はできない。深層水は再生循環性なので利用量が多くなればなるほど、社会はより循環性を強めて行くことができる。

エネルギーとしては温度差発電もあるが、それ以外でも冷熱を冷房や冷蔵・冷凍施設や発電所の冷却水としての利用など用途は広い。冷熱エネルギーのオフラインシステムが開発できれば取水地から離れたところでの利用もできる。平成11年度から資源エネルギー庁は「エネルギー使用合理化海洋資源活用システム開発」の5カ年プログラムを始めた。ここでは日量で100万トンの深層水を汲み上げて火力発電所を冷却することを中心に検討されている。

日本の抱えている最も大きな問題は食糧の自給率の低さである。1999年にはカロリーで40%を割り込んだ。ヨーロッパ連合、北米など先進国やそのグループは自給率がいずれも100%以上で、余剰食糧を輸出している。食糧は、備蓄が難しく、食いだめができず、1日として我慢できないし、生産は天気次第、という特殊性を持っていて、これを外国に全面的に依存している日本の現状は著しく不安定といわざるを得ない。日本の場合、コメはほぼ自給できるので、問題は動物性タンパク質の自給率の向上である。現在、飼料まで考えると畜産物の90%以上が輸入、魚介類も40%以上を輸入している。水産庁は平成12年度から「深層水活用型漁場造成技術開発」の5カ年研究を開始し、深層水を利用した海域の肥沃化に取り組んでいる。海域肥沃化によって水産物の自給率を高め、いざという時には畜産物の分までカバーできるようにしておくことが国の食糧安全保障の上から絶対に必要である(高橋、1998、1999)。

4.おわりに

再生循環型の巨大資源である深層水の利用に切り替えて行くことで、循環型社会に近づけて行くことができる。食糧の輸出入は地球上の生命維持機構である物質循環を狂わせるので、国レベル、というよりももっと狭い地域レベルで自給率を上げていくことが重要である。食糧自給の徹底は各地の適正人口を考える上でも有効である。日本は21世紀には食糧自給を達成し、循環型社会のありかたを世界に示す時である。

深層水を利用することによる問題についても、十分に検討しなければならないことはいうまでもない。

参考文献

(社)社会教育協会.1999.地球環境問題の本質を問う.146頁.

高橋正征.2000.海にねむる資源:海洋深層水.あすなろ書房. 189頁.

Othmer, D. F. and O. A. Roels. 1973. Power,fresh water and food from cold, deepseawater. Science. 182, 121-125頁.

高橋正征.1998.海洋生物資源―200海里内の生物生産の増産の必要性.学術月報51、461-465頁.

高橋正征.1999.海から考える日本の食糧安全保障. 海-オキシーテック・ニュースレター.20、11-14頁.

 

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