Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第298号(2013.01.05発行)

第298号(2013.01.05 発行)

「つながり」による地球理解

[KEYWORDS] 地球観測/宇宙/海洋
(独)科学技術振興機構 日本科学未来館館長◆毛利 衛

宇宙環境では、人間はそのままの体では一瞬たりとも生きてはいけない。生命維持装置という人工の地球環境を持つ宇宙船の中でのみ生存が可能である。
いま、70億の人間が生活しているこの地球という惑星は人間の存在そのものによりその自然環境全体が大きく影響を及ぼされ、人間の持続的な生存にも限界が見えてきたように私は感じる。地球環境と人間のつながりを理解することで、これからの人類として進むべき方向が見えるはずだ。

地球環境の観察

1992年、地球サミットが初めて開かれたその年に、地球が宇宙に浮かぶ青く輝く球体であることを私は実感した。それからすでに20年が過ぎた。その後現在まで8人の日本人宇宙飛行士が宇宙から地球を見た。2000年、私の2度目の宇宙飛行ミッションは地球観測だった。毎日つぶさに地球を観察し、合成開口レーダー※を用いて地球陸域の3次元立体地形図作成のデータを取得した。太陽に照らされている昼間の地球は陸海空とよく見えるが、人間の存在は小さすぎてよく見えない。しかし、太陽の光の届かない半球側を飛行すると、人間が発する光がどの陸地にもはっきりと見える。一方、海洋表面であっても例えば、日本海のイカ釣り漁船の集団などは白色の輝点としてはっきりと認識できた。人類が電気というエネルギーを使って地球全体につながっていることを実感した時だ。
地球は宇宙船がわずか90分で一周するほど小さいので、地球全体を俯瞰することが可能となる。ところが、宇宙はあまりに広大なので宇宙から見る地球は小さな天体の一つに過ぎないことを感じた。地上で見る地球は、私たち人間ひとりの大きさに比べると非常に広大だ。しかし幸運なことに地球はたかだか半径約6,400キロ、一周4万キロの球体なので、まだ人間が直接細部にわたって確かめ、物理的に関わることができるサイズだ。そのなかで地球表面の4分の3を占める海洋は、すべてが水という物性のためにきめ細かい定点観測が不可能であり、陸地のような環境情報の取得は難しい。その海洋でも深海へ科学者自身による潜行研究と、さらに深くロボットによる観測により、海底熱水鉱床の発見や深海生物の生態など科学的な新事実が続々と発見されている。さらに極地においても、北極海氷山の急激な減少や生態変化、南極深部の湖水発見や上空オゾン層の変化など地球環境のさらなる理解が進行している。
海洋は、人工衛星で海洋表面温度、塩分、海面位置情報などを詳細に宇宙から観測できてはいるが、それらはいずれも2次元分布に過ぎない。宇宙から表面流れの時間変化およびある程度の深さ方向の情報は取れるであろうが、海洋全体のわずかな体積部分情報に限られる。さらに海洋内部の観測は、実際の測定による海洋表面から深さ方向への線と面データを集積するしか方法がない。これからは宇宙から得られる大気圏、岩石圏、海洋圏のデータと地上、海洋、航空観測によるデータを同時に関連付けて情報を読み解くことによって、飛躍的に地球の理解が進むのではないかと期待される。
その先には、いま私たちが抱いている地球環境という概念があと20年もすると図1に示されるように拡大しているのではないかと想像される。現在の地球環境は人間が活動可能な表面高度30キロの成層圏内、海洋深海10キロ内にとどまっている。それが異分野の研究者の協力によって、宇宙は太陽系内全体、そして地球深部は、深海はおろか内部コアまでを含めた範囲が、地球環境としてつながって認識されているであろう。これは、ちょうどDNAの解析によって、40億年の歴史上につながって来た生命と、現在地球上に広がって存在する数千万種の生命のつながりの関係が、理解されたことと似ているかもしれない。

地球環境と人間のつながり

地球環境と人間のつながり、そしてこれからの人類として認識すべき方向を図2で表した。人類の存在によって、地球の自然環境全体が大きく影響を及ぼされた。その結果、地球サイズの空間と資源では、人間自らの持続的な生存にも限界が見えてきた。40億年ほどもの間、地球上のかつて存在してきた生物は、変化する地球環境の中で多様化してつながってきた。図2に示すように人間を含む地球生命の基本は最下層にある細胞である。例えば、人間は約60兆個の細胞によって1個体が構成されている。ひとりの人間の生存期間は限られており、社会活動を営むことによって、はじめて人類として世代を超えて生き延びられる。
この人類が集団として生き延びるために、多様な知恵を創造した。宗教、政治、経済、科学、技術、教育、思想、芸術、国、企業、メディア、スポーツなどなど、様々な社会システムを生み出してきた。人間が生み出したこれらの知恵は、文化と言い換えることもできる。いまこの地球という惑星には70億人という個体としての人間が生息している。この19世紀からの2世紀にわたる急速な人口の増加は、科学技術の急速な進展により可能になったと言って良いだろう。
地球生命環境の中でも海洋は陸地より露出面積が大きく、水が流体であることと熱容量の大きさから、全体的な生命の環境変化は緩慢になる。しかし、影響が出たときには陸地よりすでに地球広範に広がっており、その回復は手遅れになる。

地球まほろば

宇宙環境では、人間はそのままの体では一瞬たりとも生きてはいけない。生命維持装置という人工の地球環境を持つ宇宙船の中でのみ、しかもせいぜい数年というほんの短期間のみ、個体の人間として生存可能である。私が暮らしたスペースシャトルという宇宙船内では、エネルギーは水素と酸素を化合させる時にできる燃料電池からの電力でまかなう。飲み水は、この時生成される純粋のH2Oなのでとてもまずい味がする。空気や食料はすべて地球から持ってきたものであり、宇宙に住むためには、地球環境を科学技術で模擬し地球から全てを供給するしかない。微小重力以外、宇宙船内はまるで地球環境と同じように見える。
私は2度、地球模擬空間に一応住みなれてから、地球に帰還した。スペースシャトルのハッチが開いたとたん、地上の本物の空気が入ってきた。この瞬間なつかしいにおいと湿っぽい皮膚感覚が新鮮だった。周りにはたくさんの微生物がいて、それらに囲まれているような気がした。そのとき、はじめて地球に戻って安心したことを思い出す。地上支援で待機してくれていた仲間の宇宙飛行士がハッチを開けて、コップいっぱいの水を差し出してくれた。冷たい水を一気に飲み干した。ミネラルをたくさん含んだ自然水のこの時の美味しさは忘れられない。これから、地球上で100億人以上住めるようになるかどうかという大変な未来が待っている。私たちが、「地球環境と人間のつながり」の図の最上段への意識を持つ生物に進化できるかどうかにかかっている。(了)

※ 合成開口レーダー=SAR(Synthetic Aperture Radar)。マイクロ波を地球に向かって照射し、反射波を受信することにより地表面の物性や起伏、凸凹、傾斜などを観測する能動型の電波センサー。昼夜の別なく、雲や雨等の天候にもほとんど影響されない全天候型である。

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