Ocean Newsletter
第297号(2012.12.20発行)
- 東京財団上席研究員◆平野秀樹
- 三重県水産研究所 鈴鹿水産研究室 主任研究員◆国分秀樹
- (独)港湾空港技術研究所理事長◆高橋重雄
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所名誉教授)◆秋道智彌
離島の土地・海岸部の喪失ー日本国土は実質狭まっている
[KEYWORDS] 離島/外資/土地規制東京財団上席研究員◆平野秀樹
日本ではわが国の国土への外資による投資についての規制は皆無である。国土の外資買収、地主の不明化は国境離島部ではさまざまな問題を孕む。土地は本来、金融商品のように扱うべきではない。時代環境を加味し、転売・登記にかかる諸外国並みの土地法制の整備が急がれる。
フリーすぎる日本不動産
■北海道奥尻島でも大規模買収の動き
現在、外国人(外資含む)が買収した国土面積は、政府発表によると森林で786クタール(国土法)。投資目的の土地なら3,700ヘクタール(外為法)である。ただし、これらの数値は一部にすぎない。
国と自治体は「届出の捕捉率は不明です」と答えているし、登記をしないでそのままにしておく地主が少なくないからだ。仲介ブローカーたちが束ねた土地の行き先は、中国、香港、ケイマン諸島、ヴァージン諸島などで、こういった買収構造が一般化してもう五年が過ぎた。
買収対象は水源林、農地から国境離島、防衛通信施設周辺へと伸びている。道庁によると、自衛隊施設の周辺3キロメートルの位置に3件。109ヘクタールの林地を外国人が所有する。
北海道の離島、五島列島、奄美大島、加計呂麻島......。かまびすしいのは尖閣や竹島問題だけではない。水源林のみならず沿岸域の土地買収の情報が役場等へも一部伝わる。だが問題は、行政が確かな情報を掴めない仕組みになっていることである。
日本の際立ちぶりは、ロンドン大学も調べ上げている。2011年現在、アジア太平洋14の国と地域(オーストラリア、中国、香港、インド、インドネシア、日本、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、韓国、台湾、タイ、ベトナム)の中で、不動産投資に外資規制が皆無なのは日本だけである―これが『アジア太平洋不動産投資ガイド2011』(ロンドン大学 LSE GREG)という分厚い報告書の結論だ。
国境・海岸部の各国規制
「国境」付近の土地については、中南米ではゾーン幅を示し、森林、水、鉱物等の資源採取に具体的な制限を課している。コスタリカは2キロメートル、チリ・パナマは国境から10キロメートル以内、ペルーは50キロメートル以内、メキシコは100キロメートル以内の土地を対象に、外国人の所有を制限している。
「海岸部」についても同様の規制が見られる。コスタリカは満潮時海岸線から200メートル、チリは5キロメートル、メキシコは50キロメートル以内の外国人の土地所有を禁止している。ブラジルは国境周辺と海岸部の外国人の土地所有を禁止しており、ベネズエラは国境、海岸部を許可制としている。
「離島」の土地所有について外国人を規制している国もある。パナマの離島は、国の開発目的に合う場合のみ外国人の所有は許可されるし、ニュージーランドの離島では、0.4ヘクタールを超える土地の所有は許可制となっている。隣国の韓国も離島について対応している。韓国は外国人土地法に基づき、軍事目的上必要な島嶼地域等の海岸部について特別な配慮をしており、許可がなければ外国人による土地売買はできないこととしている。総じて、各国は全国全土を開放しているわけではない。
国境と海を越えないもの
考えてみれば、経済分野には例外がある。銀行業や基幹産業を外資へ明け渡すことには、今も慎重なはずだ。金融機関がいかに国境を越え、グローバルに経済活動をしていても、破たんすれば事後処理に当たるのは自国しかない。
三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行へ血税を注入することはあっても、シティバンクやドイツ銀行が危うくなったとき、日本政府は公的資金の注入や負債処理、経営支援などをするだろうか。日本政府が日本航空を助け、米国政府がGMに公的資金を注入することはあっても、ヴェオリア(仏)やCIC(中国国家ファンド)に日米政府は資金援助するだろうか。いくら経済のグローバル化が叫ばれても、一国の金融政策は「全くの国籍フリー」にはならない。大相撲やイングランド・プレミアリーグと同じではないのだ。ましてや国家の安全保障にかかる問題があれば、それはまず第一に峻別され、しかも何よりも優先され、その国家が当たる。それがいつまでも変わらない国際社会のすがたであろう。
幽霊地主化という構造的課題
経済活動はますますグローバル化し、地主も多国籍化し、匿名化、不明化は進みゆくだろう。そうした動きに対し、日本の対応は諸外国と比べてみると時代環境※1を読みとっているとは言い難い。
事実、北海道庁は頭を抱えたままだ。「水資源の保全に関する条例」を創設し、今秋、規制強化ゾーンの地主に周知しようと試みた。しかし、宛先不明で戻ってきた郵便物は、全体の46%にのぼってしまった。
秘匿された新しい地主が表に出ることはまずないし、外為法上「外国人から外国人への転売は、報告不要」(財務省令)というルール下にある。また登記(権利部)も登記料を節約するため省略することが少なくない。最近は国内法人(生命保険会社等)も不動産登記をしない。これによって土地台帳の精度は下がりつづけている。結果、地主の匿名化、幽霊化がとまらない。
わが国はそういった法制度としているが、本来、国土は証券や株式と同等ではない。特に離島、防衛施設周辺などは「金融商品」のように売買していくべきではないものだ。
地主は「高値だから」と売りたがり、仲介する不動産屋は「手数料が稼げるから」と営業に精を出す。売り物は相続のたびに次々と現れるから途切れない。買い手の狙いがよく見えないまま一連の動きは潜伏化し、不明地主が増加している。潜伏化や不明化は、国土の死蔵化、無価値化につながってしまいかねない。税金も徴収できず、災害復旧や公共的利用さえ不可能になってしまう。領土でありながら、そこが触れられない空間になっていくのである。
国土の地主情報がしだいに掴めなくなっていることに気づきたい。私たちは、離島や海岸線に対して、ここに至るまで少し呑気すぎたようだ。上述したように他の国々は、国土に対してこんなに鈍感ではない。手はじめに、(1)外資から外資への土地転売が報告不要(財務省令)である点や、(2)不動産登記法上、登記(権利部)が任意である点等について検証し、たやすくはないが何らかの手立てを講じていくべきだ。さもなくば、この国の国土は実質的に狭まり、そのかたちは変わってしまう※2だろう。(了)
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