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オーシャンニューズレター

第296号(2012.12.05発行)

第296号(2012.12.05 発行)

海の生産力に依存する水産業

[KEYWORDS] 漁業・養殖業/狩猟と採集/自然変動
東京大学大気海洋研究所 教授◆渡邊良朗

水産業は、天然の海の物質循環と生物生産力に依存した産業だ。野生生物を狩猟・採集する海面漁業はもちろん、養殖業も海の物質循環(藻類養殖)、海が作り出す有機物粒子(貝類養殖)、野生の魚類資源(魚類養殖)に依存した生産だ。
水産業に新たな局面を開くために、海洋の生態系機能を保全し天然の生物生産力を最大限に発揮させることを基本とすべきである。

激減した生産高

■日本の漁業と養殖業生産高の推移

日本の海面漁業・養殖業生産高は、1964年の624万トンから20年間で倍増し、1984年には1,262万トンに達した。この年の漁業生産高は1,151万トンで、世界の漁業生産高7,764万トンの15%を占めて世界第1位であった。養殖業生産高も111万トンで、世界の養殖業生産高535万トンの21%を占め、中国の200万トンに次いで世界第2位であった※。この年代には、世界一の水産国は言うまでもなく日本であった。「つくる漁業」によって資源を人為的に増殖できれば沿岸漁業生産高が増え、養魚技術の進歩で海面養殖業はさらに発展するはずであった。
ところがそれから四半世紀後の2009年、漁業生産高は415万トンにまで減少して、世界の漁業生産高7,951万トンの5%で第6位となってしまった。養殖業生産高も120万トンにとどまり、急増した世界の生産高3,425万トンのわずか4%を占めるにすぎなくなった。日本の水産業に何が起こったのだろうか。

狩猟・採集する海面漁業

海面漁業は野生の動植物を狩猟・採集する産業である。野生の生物資源に依存している。海面漁業のうち沖合漁業は、主としてイワシ・アジ・サバ類などを対象とする漁業である。沖合漁業生産高は1988年の690万トンを最盛期として、その後に起こったマイワシ資源の激減とともに減少した。沖合海域で量的に卓越する魚種が数十年周期で入れ替わる現象は魚種交替と呼ばれる。それに伴って沖合漁業生産高は大きく増減する。大きな自然変動を特徴とするこれらの資源では、減少期・低水準期に漁獲という人間の行為を規制して、海の生産力以下にまで資源量を減らすことのないようにしなければならない。ところが、1990年代には、魚種交替に伴って減ってしまったマサバやマイワシにさらに強い漁獲を加えて、資源の回復を妨げるということが行われた。2010年の沖合漁業生産高は236万トンで、最盛期の34%という低水準である。
沿岸漁業も1985年の227万トンを最盛期として減少した。強い漁獲に加えて、資源の再生産が阻害されたことが減少の原因である。高度経済成長期以降、沿岸環境が人為的に大きく改変され、資源生物の産卵場・成育場としての沿岸生態系の機能が劣化した。生態系機能を劣化させたまま人為的な増殖事業をおこなっても、うまくいかないということである。2010年の生産高128万トンは最盛期の56%である。
遠洋漁業も野生の動物を対象とする漁業であり、対象種の資源量変動とともに生産高が増減する。しかし、1970年代以降の生産高の激減は、国際的な漁業規制によるところが大きい。1952年のマッカーサーライン撤廃以降、「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」と日本漁業は外延的に活動を拡大し、生産高は1970年代初めに約400万トンに達した。しかし、1977年に始まる世界の沿岸国の200海里排他的経済水域設定や、公海における漁業活動の規制によって、漁獲高が減少した。2010年の遠洋漁業生産高は44万トンである。

海がつくる養殖業

養殖業生産高は1994年の134万トンから減少しており、沿岸海域における生産は限界に達している。内湾の浅海域における過密な養殖が、養殖漁場環境を劣化させている。需要に対して過剰な供給量が価格低迷の原因だ。日本のブリ類養殖業は、すでに1970年代からこのような経営問題を抱えていた(濱田 2012)。養殖業生産は農業や畜産業的な生産に見えるかもしれない。2010年の養殖業生産高111万トンの内訳をみると、ブリ類などの魚類は25万トンで養殖業生産高の22%、カキやホタテなどの二枚貝類は47万トンで42%、ノリやワカメなど海藻類は46万トンで41%をそれぞれ占めている。二枚貝類は植物プランクトンや粒状有機物など天然の海が生産した有機物を餌とする濾過食者である。海藻類は天然の栄養塩に依存する一次生産者である。二枚貝類と藻類の養殖業は海洋の物質循環・生物生産力に依存している。一方、魚類養殖は給餌養殖である。ブリやクロマグロなどの養殖対象種は、海洋生態系における最高位捕食者で、市場価値の高い魚類を生産する営みである。食料を生産するというよりは、イワシ類やサバ類など安価な天然資源を餌として付加価値を生産しているのだ。また、ブリ類もクロマグロも養殖種苗を野生の稚魚に依存している。人工的にモジャコと呼ばれるブリ稚魚を生産して養殖種苗にする試みは長年行われてきたが成功していない。外洋域を回遊しつつ百万粒もの卵を産むブリを、卵から稚魚まで安定的に育てることは難しく、現在も全面的に天然稚魚に依存しているのだ。クロマグロの人工種苗生産技術の開発が始まっている。太平洋を横断する渡洋回遊を行い、ブリ以上に多くの卵を産むために初期減耗率も著しいクロマグロ稚魚(ヨコワ)を人工的に生産することは、技術的に容易ではないだろう。また、ヨコワ種苗生産が可能になっても、海洋生態系の最高位捕食者であるクロマグロ養殖は著しくエネルギー多消費型の生産にならざるを得ない。省エネルギーを指向するべきこれからの社会の中で、クロマグロの養殖業はどのような位置を占めるのであろうか。

海の生産力の保全

水産業は、全面的に海の生産力に依存しているという点で、農業や畜産業とは生産体制が全く異なっている。天然の物質循環のみに依存する藻類養殖のような農業は考えられないし、ウリ坊のような野生の仔動物を捉えて育てる畜産業生産などあり得ない。1960年代以来、日本の水産業は「とる漁業からつくる漁業へ」というスローガンの下、農業・畜産業的な生産体制を目指してきた。しかし半世紀たった今でも、漁業・養殖業は100%海洋の生産力に依存した産業なのだ。そうであれば、われわれは海の生物生産のしくみを理解して、海とうまくつき合っていかなければならない。海とうまくつき合うために「海洋の管理」をどのように考えるべきか。「海および自然を支配するということではなく、海と向き合う人間の行為をどう規制していくかという意味」(栗林2010)であることを忘れてはならない。生態系を保全して、海洋が持っている天然の生産力を最大限に発揮させること、それによってのみ日本の水産業は新たな局面を開くことができるだろう。(了)

※ 生産高は国連食糧農業機関および農林水産省による。

【引用文献】
濱田英嗣(2012). 養殖業の軌跡と進路. 平成24年度日本水産学会秋季大会講演要旨集, p140.
栗林忠男(2010). 海洋の新しい安全保障を構想する. 世界no. 811, p133-139.

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