Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第296号(2012.12.05発行)

編集後記

ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆秋も深まりかけた頃、インド各地の海洋研究機関等を訪問してきた。ちょうどモンスーン・ブレイクの季節で、凌ぎやすいということだったが日中の暑さはかなりのもの、加えてコチやゴアといった南部海岸地域では梅雨時のような湿気も加わるので、移動はかなり応えた。
◆11年ぶりの訪問で、この間のインド社会の変化を目のあたりにすることができた。多くの車、特にスズキ製の小型車とバイクがところ狭しと行き交い、これにオートリクシャーという、団塊世代には懐かしい小型三輪自動車が入り混じって、交通はカオス状態である。それでも不思議と車は流れてゆく。警笛が文字通り効果を発揮している。ニューデリーのスモッグは相当なもので、常に曇天の状態である。おしなべて都市の環境問題は極めて深刻である。
◆市中の路上生活者の数はめっきり減少していたが、これは郊外に移動させられたためである。聳える豪華ホテルや溢れるマイカーの一方で、ゴミあさりと物乞いで生きる人々を見るのは心が痛む。こうした人たちは未だに1億人にも及ぶという。至るところに捨てられたゴミとともに、社会の不均衡はむしろ強まったように感じた。富を適切に再分配し、環境を保全し、いかに持続可能な社会を形成するかはいずこも努力している課題でもあるが、急速な発展を続けるインドではそれが極端な形で顕われている。
◆日本列島に近付いた機上で、まず目を引いたのは緑の眩しい五島列島の島々である。有明海には定規で引いたように整ったノリ網群がくっきりと俯瞰できた。今回の旅は、森、川、海の豊かな風土に囲まれ育まれたわが国の社会と文化の貴重さ、素晴らしさを一層感じさせるものとなった。
◆さて、今号では改正された離島振興法について中村克彦氏にそのポイントを解説していただいた。人口減少と高齢化が輪を掛けて進む離島に定住を促進し、産業を興すのは並大抵なことではない。地域の特性、歴史、文化を生かした魅力ある具体策を立てうるかどうか、それを適切に国が支援できるかどうかにかかっている。渡邊良朗氏にはわが国の水産業の問題点について統計資料を用いて解説していただいた。沖合漁業および遠洋漁業の生産高激減がこの二十数年における漁業生産高全体の縮小の主因であるが、前者は魚種交替と漁獲負荷の問題であり、後者には漁業規制の問題が大きいという。持続可能な漁業には生態系の保全が不可欠であり、当然、海洋の管理が適切に行われなければならない。それは結局のところ、人間活動の管理であるというのは至言である。海洋の管理には海の健康度を評価する指標があれば効果的である。日比保史氏には話題になっている海洋健全度指数について解説していただいた。人と海の関わりを数値化しようという試みは斬新である。十の評価項目が適切なものかどうか、経済活動、価値観を含む文化活動などの項目を等価平均することに意味があるかどうか、異論もあるであろう。しかし、価値観が左右する幸福度指数などと違って、海洋の管理には世界共通の基準が必要なことも確かである。海洋の様々な分野で先進国であるわが国としてはこうしたプロトコルを磨きあげ、積極的に国際標準としてゆくことも重要であると思った。(山形)

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