Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第292号(2012.10.05発行)

第292号(2012.10.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆彼岸が過ぎてもまだまだ暑い。北海道沖合から日付変更線に至る北洋の海面水温は通常よりも数度も高く、既にサンマ漁などにも影響が出ている。インド洋熱帯域にはダイポールモード現象が発生し、西太平洋熱帯域では、いくつかの気象機関がエルニーニョの発生を宣言したにもかかわらず、まるでラニーニャ現象が起きている時のように対流活動が活発で、典型的な猛暑のパターンが今も続いている。この夏の気候は世界の気候予測専門家を悩ませた。
◆こうした異常気象にまるで歩を合わせたかのように、尖閣諸島海域の国際情勢も過熱気味である。1982年にアルゼンチンと英国の間に起きたフォークランド紛争前夜を彷彿させるような状況になっている。この局地戦争は、アルゼンチンのガルチェリ軍事政権が失政による民衆の不満をそらすために、二国間の微妙なバランスの下にあったフォークランド諸島(マルビナス諸島)に軍を進めたのがきっかけになったものである。鉄の宰相とも言われた英国のサッチャー首相は「命に代えても、国際法が力の行使に打ち勝たなければならない」とし、国際世論を味方につけつつ、多くの犠牲を払いながらも奪還した。わが国は法治社会をリードする成熟国家としての矜持をもって、今回の困難な問題を正面から受け止めなければならない。坂元茂樹氏にはこのホットな話題を取り上げていただいた。
◆東日本大震災による陸上のがれき処理が放射性物質の問題もあってなかなか解決しない。一方で、太平洋を漂流し、北米大陸沿岸に漂着し始めたがれきの処理も大きな国際問題である。冬季の太平洋高気圧はシアトル沖合に後退する。海上風はエクマン輸送という物理プロセスによって、高気圧の中心付近に漂流物を収束させることがわかっている。したがって、米国とカナダの太平洋岸では、これからますます漂着物が増えるであろう。かつて編集者の研究室にいたニコライ・マクシメンコ博士が米国側でこの問題に精力的に取り組んでいるが、日本側の取り組みは内外であまり知られていないようだ。省庁とその委託を受けた少数の専門家のみがこの大きな問題に取り組むのではなく、情報を積極的に開示、発信して、広い範囲の海洋専門家と官、民が協働する機会を設けることが重要なのではないだろうか。池田元美氏には、こうした漂着がれきの問題について寄稿していただいた。
本誌2010年新春号において、哲学者の小川侃(ただし)氏はカントの海洋哲学を要約し、「海洋は国と国を隔離し、対立させるが、他方で、国と国を媒介し、相互に富ませる媒体になる」ものとして紹介している。南北に長く伸びる日本列島にはclimate(気候)の原義である風土の差(傾斜)が見事に現れる。美しい四季の移り変わりや多様な食と文化が味わえるクルーズ観光を東アジアの海に展開することは、国と国、地域と地域を媒介し、豊かにすることに貢献する。太田浩男氏に紹介していただいた環日本海クルーズ推進協議会の目指すところは、まさにカントの海洋哲学を実践するものであり、平和の海の実現に貢献するものである。(山形)

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