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オーシャンニューズレター

第292号(2012.10.05発行)

第292号(2012.10.05 発行)

尖閣諸島ー国有化後の課題

[KEYWORDS] 尖閣諸島/国有化/「平穏」政策
神戸大学大学院法学研究科教授◆坂元茂樹

日本政府は尖閣諸島について、「日本固有の領土であり、領有権問題は存在しない」との立場を一貫してとってきたこともあり、日本の領有権の主張は国際社会で十分に周知されない状況が生まれた。
政府は尖閣諸島を国有化する決定を下したが、維持・管理するためにはこれまでと異なる戦略への転換が必要となる。

紛争化に成功した中国

2012年8月15日、香港の活動家14人が、中国の領有権を主張して尖閣諸島魚釣島に上陸した。日本政府は彼らを逮捕したが、混乱の長期化を恐れ、17日に中国に強制送還した。巡視船にレンガ片を投げるなどの行為はあったが、公務執行妨害罪に当たらないと判断した。こうした日本政府の配慮にもかかわらず、中国は反発し中国各地では反日デモが拡大した。世界の目には、日中間に尖閣諸島をめぐる領有権紛争があると映ったはずだ。
日本政府は、尖閣諸島について、「日本固有の領土であり、領有権問題は存在しない」との立場を一貫してとってきた。これに楔を打ち込んだのは、鄧小平副首相である。彼は、尖閣諸島問題の棚上げを提案した。日本は、領有権紛争があるとの立場に合意したわけではないが、これを受け入れた。日中友好という「大局」の中で、この問題で中国を刺激しないことが日本の対中政策の最重要課題となった。

領有権根拠の発信で遅れた日本

そのために日本がとった政策は、外務省の「対外応答要項」に示されるように、尖閣諸島について、(1)議論の余地がないものであるから議論しない、(2)さらに問われた場合は外務省の「基本見解」を繰り返すという二段構えになったとされる※1。こうしたこともあり、日本の領有権根拠の主張は、国際社会で十分に周知されない状況が生まれた。他方で、中国はインターネットという国際言語空間でみずからの領有権の根拠を垂れ流している。その結果、2010年9月に発生した中国人船長逮捕事件を報じた米国のニューヨーク・タイムズ紙には、「私の感じでは、中国領土だと思う」との記事が掲載されたほどである。
しかし、そこで根拠とされたのは、古くから尖閣諸島が中国船舶の航行の目安として使用されていたというものだった。たしかに、尖閣諸島は明・清時代の冊封使録その他の文献に釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼として記述されてはいる。しかし、冊封使の航路目標としてこれらの島が知られていたとしても、そのことが領有権の根拠とならないことは自明である。この中国の理屈を貫けば、沖縄も琉球として記述されていたので、中国領だということになってしまう。
注意すべきは、日本国民の多くが中国の領有権の主張は強引だとの印象をもっているが、諸外国では必ずしもそのように受け取られていないことである。南シナ海における中国の九段線に基づく行動について、多くの国は強引との印象をもっているが、東シナ海のそれには必ずしもそうした印象をもっていないのである。日本政府としては、南シナ海と同じ構図が東シナ海でも起こっていることを国際社会に知らしめる必要がある。

日本は中国の意図を挫くことに成功しているか

中国の領有の意図を挫くためには、日本が尖閣諸島周辺の取り締まりを実効的に行う必要がある。しかし、日本はこれを十分に果たしていないように見える。2010年9月24日、東シナ海の尖閣諸島沖で公務執行妨害罪の容疑で逮捕した中国人船長を日本政府は処分保留のまま釈放し、2011年、不起訴処分とした。政府のこの措置は、中国の強硬な対抗措置があったとしても、「領有権を争っている地域だから、自国の法律を一方的に適用するのは差し控えよう、それが紛争の拡大を防ぐことになる」という論理に日本が陥ったように映る。冒頭の香港の活動家に対する退去強制の措置も、日本の主権の発現という点では不十分なものだった。香港の活動家はすでに10月に再上陸を試みることを明言しており、今回の措置が根本的解決策でなかったことは明白である。少なくとも、再発防止に資するものでなかったことは明らかだ。


■尖閣諸島


■魚釣島
(2点とも秋山昌廣氏撮影、2007年)

日本が今後とるべき政策

冒頭に紹介したように、中国の政治指導者は、かつて「尖閣諸島の紛争を棚上げしよう」と主張した。しかし、日本の主権に公然と挑戦する行為を繰り返しているのは、当の中国である。日本の一部には「紛争の棚上げ」が国益だとの主張もあるが、相手のあるこの問題で、「紛争の棚上げ」は事実上不可能になっていることに気づくべきだ。
政府は、日本の実効支配を強めたいとする石原慎太郎都知事の尖閣諸島購入の計画を阻止し、同諸島を国有化する方針を決定した。同時に政府は、「平穏かつ安定的な維持・管理」の名の下に、避難港の建設などは行わず、政府職員以外の立入りを認めない空島政策を継続する意向を示している。
しかし、尖閣諸島を引き続き日本領として維持・管理するためには、戦略の転換が必要である。野田佳彦総理は「大局をみる」必要性を強調するが、領域主権に関わる問題は、日中関係に悪影響を与えないという「大局」観とは別次元の問題であることを自覚する必要がある。今、求められているのは、領土を守る覚悟と備えである。奥脇直也教授の表現を借りれば、「わが国が領土保全の確固たる決意と能力を持つというサインを出し続ける」※2ことが必要になる。
政府の「平穏」政策は諸刃の剣の側面がある。政府の意図には、中国海軍が東シナ海に前面に出てくることを避けたい、そうした口実を与えないようにしようという配慮があると思われる。しかし、逆に日本に隙があるとみられかねない側面がある。忘れてならないのは、日本政府がどのように振る舞おうと、中国政府をこの問題でコントロールすることはできないということである。中国海軍が進出していないのは、尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内だという米国の発言があるからだ。中国は、今後、必死になって、尖閣諸島を日米安保と引き離そうとするであろう。それを阻止するためには、政府は、日米同盟の機能強化はもちろん、尖閣諸島を維持・管理するための海上保安庁や自衛隊の機能の拡充・強化を図る必要がある。(了)

※1 谷口智彦「尖閣諸島に対する日本の主張」『島嶼研究ジャーナル』創刊号24ー25頁参照
※2 「守れるか 海洋権益上 アジアの枠組み創設急げ」日本経済新聞2012年6月14日朝刊。

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