Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第290号(2012.09.05発行)

第290号(2012.09.05 発行)

福島第一原子力発電所事故に伴う海洋環境汚染の予知の試み

[KEYWORDS] 放射線核種の海洋拡散/拡散予測/海洋環境回復
日本大学大学院総合科学研究科上席研究員、教授◆和田 明

平成23年3月に福島第一原子力発電所事故に伴い福島県前面海域に漏洩した放射性物質は、海洋の流れ、拡散によって濃度低下しながら拡がっていくほか、崩壊、沈降といった他の物質と異なる放射性物質特有の移行過程をふむ。
漏洩量が少なくなった現在、海水、海底土とも事故前に戻らない状態が続いている。本稿では放射性物質の中長期的な堆積・移行機構の検討をアセスメント的考え方に基いて検討する。

放射性物質の拡散を巡って

平成23年3月に発生した東日本大震災に伴い、福島県前面海域に漏洩した放射性物質は、海洋の流れ、拡散によって濃度低下しながら拡がっていくほか、崩壊、沈降といった他の物質と異なる放射性物質特有の移行過程をふむ。
文部科学省がまとめているモニタリング結果(平成23年度9月7~15日)によると、発電所前面の沖合50kmでセシウム137の海水濃度が80Bq/m3(ベクレル)を示し、事故前のモニタリング0.002ベクレルの40倍の濃度となっている。高濃度範囲は、沖合東経140°、北緯38°~36°におよんでいる。
漏洩量が少なくなった現在も海水、海底土とも平常時に戻らない状態が続いている。本稿では、核種の中長期的な堆積・移行機構の検討をアセスメント的考え方に基いて検討することとした。
ボックスモデルを用いて福島県沿岸海域を含むより広い海域の流動解析・拡散予測の3次元シミュレーションを実施し、福島県海域に放出された放射性物質が東北太平洋側の広い海域にどのように拡散希釈されて行くか予測し、モニタリング結果と比較してモデルの検証を行った。さらに、シミュレーション解析を実行して、何年後に平常状態に到達するのかを求めた。

拡散の予測方法

対象とする広域の場を水平方向に25km×25km格子、水深方向は6層を考えている。モデルの特徴として黒潮、親潮、津軽暖流などの流れ、季節的な密度場(水温、塩分)より、四季の流れを算出するものである。ボックスモデルの特徴として、広域の場の流れの流量保存がなされている。このことから、濃度分布解析の精度の向上化が期待できる。流動計算結果を用いて、放射性物質(セシウム137)の拡散計算を行った。セシウム137の海水中の拡散モデルの特色として、スキャベンジング作用※を考慮したこと、粒子の沈降速度を観測結果から求め、モデルの中に組みこんでいることである。
海水層と接している海底層については、OECD/NEAのセディメントモデルを適用し、海底部を境界層(海水相と粒子相から成る)、生物攪乱層、拡散層の3層に分け、各層の物質濃度の時間変化を求めた。放出量については東京電力(株)の海水への時系列データを用いた。3月21日から6月30日までの100日間の値を入力し、7月1日以降は6月30日の値(3.96×1011Bq/day)を継続して今後10年間の計算を行った。10年間の漏洩総量は4.49×1015ベクレルであった。

モデルの再現性と将来予測

文科省モニタリング結果とセシウム137の計算結果との比較によりモデルの再現性を検討した。海水中のセシウム137の観測濃度分布は、北は金華山沖から南は銚子沖にかけて扁平化した形状を示し、沖合は東経142°より東側海域におよんでいない。観測結果と計算結果の分布形状は似ているが、濃度値については実測値のバラツキが大きいため、直接的な比較は難しい。濃度は、原発前面海域で観測結果、計算結果とも漏洩直後比較的高かったが、半年、1年の経過と共に減少している。


事故から半年後、および1年後の海底濃度分布は観測結果と計算結果とは似通ったものが得られた(図1a)。セシウム137の存在範囲は、東経141.5°より西側に分布し、緯度方向では金華山沖より銚子沖にかけて扁平化した形状となっている。5年後になると、海水中の濃度は原発前面で1,000Bq/m3程度で、分布濃度も全域的に小さくなっている。海底濃度については、5年後原発前面で1,000Bq/kgと減少し、100Bq/kg以上の分布範囲も小さくなっている(図1b)。
漏洩したセシウム137の存在割合の推移については、放射性物質が漏洩した直後(0.5年後)、放射性物質は計算領域外へ流出する量は12%と少なく、表層水が高濃度のためスキャベンジング作用が働き、底質へ負荷量の50%が沈積する。5年後では移流流出が45%、底質層への沈積が40%となり、これら2項目が大きな存在割合を占めることがわかった。底質層の存在量が50%から5年後で40%に減少したのは、底質層の生物擾乱層から海水相および粒子相から海水相へ移行が行われているためと考えられる(図2)。

海底土の長期モニタリングの必要性

現地観測、計算結果の値を用いて、被ばく線量の試算を行った。現地観測、濃度計算結果から、福島第一原発沖合100kmで、約500(Bq/m3)、70km沖合で、1,000(Bq/m3)の濃度上昇がみられる。
セシウム137の濃度1,000(Bq/m3)に汚染されている魚500gを毎日、1年間食べ続けたとして、その場合の預託実効線量は、0.24(マイクロシーベルト/年)となる。国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値は、1マイクロシーベルトであり、これだけ多量のセシウム137を体内に取り込んだとしても、預託実効線量は基準値1マイクロシーベルトを超えない。今後、大規模な漏洩が起こらずに、このまま推移すれば、経口摂取による被ばくが問題になることはないと考える。
セシウム137の存在形態別の割合を検討した結果、海底に蓄積したセシウム137が5年後でも全漏洩量の30%以上になるとした前提で、海洋環境への長期影響を考える場合、海底土の観測は、重要な項目となることが示唆される。(了)

※ スキャベンジング作用=汚染物質除去作用

第290号(2012.09.05発行)のその他の記事

ページトップ