Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第282号(2012.05.05発行)

第282号(2012.05.05 発行)

わが国の海賊対策に関する一考察

[KEYWORDS] 海上輸送/海賊問題/請願警察制度
海洋・東アジア研究会◆冨賀見 栄一

海洋に囲まれた日本国は、国家経済、国民生活を支えるため、輸出入貨物の大半を海上輸送に依存している貿易立国であり、海上輸送はわが国の生命線である。その海上輸送を阻害するアフリカ・ソマリア沖等の拡大する海賊問題は、日本の正にシーレーンの安全保障問題になっている。
政府の施策および海上自衛隊・海上保安庁の活動、さらには海運産業の企業努力には限界があるなか、海洋国家日本として国際協調するため、海賊対策に関するさらなる施策が必要となっている。

海上輸送は日本の生命線

日本は輸入した原油・LNGなどエネルギーを使い、鉄鉱石等の原材料を加工し、付加価値のある製品を輸出することで外貨を得る貿易立国である。
日本の国境線は海(領海)であり、輸出入による貿易立国であることは前述したとおりであり、その輸出入は海運に頼らねばならない。高付加価値の軽量製品や人的移動手段は航空機の持つ早さを使った輸送に頼ることとなるが、日本の経済活動・生活の基盤を支えるためには、何と言っても海上輸送である。日本はトン数ベースで輸出入合計の99%を海上輸送に依存しており、まさに海上輸送は日本の生命線である。

海上輸送と海賊問題

アフリカ・ソマリア沖のアデン湾海賊対策として、現在、通航船舶に対して護送船団方式の護衛を日本国海上自衛隊護衛艦2隻(法執行官として海上保安官同乗)・P3C哨戒機2機の監視飛行のほか各国33隻の艦船が護衛を行っており、アデン湾沖合の全長900kmの海域では海賊被害は減少しつつあるが、海賊行為はその海域を避けるように周辺海域(紅海・アラビア海・西インド洋東北海域等)に被害が拡散してきている。
その拡散した海域は中東から日本へのタンカーによる輸送の88%の原油が通過するルートであり、日本製自動車等の輸出量の3分の1が自動車専用船・コンテナ船によって輸出される輸送ルートも含んでおり、日本のエネルギーの輸入、製品の輸出ルートの確保という観点から言えば、まさに日本国のシーレーンの安全保障問題となっている。
このような中、これまで海上自衛隊海賊対処航空部隊はソマリアの隣国であるジブチの米国基地内に間借りしていたが、平成23年7月にジブチに自衛隊初の自前の海外基地となる拠点を開設した。さらに、海賊対策に従事する外国艦船等へ燃料給油が現行のわが国海賊対処法では想定されてないことから、国際協力による護衛活動の強化のため同法の改正要望、また、通航船舶による自衛措置には限界があることから諸外国の中には自国の軍隊あるいは民間の武装警備員を乗船させる動きがある。しかし、これらの措置は法律改正が必要であり、武装警備員に関しては日本船籍船では銃刀法等に抵触するため、日本船籍船には武器携帯使用権限を有する自衛官・海上保安官を同乗させ、国民の生命・財産の安全確保するための公的警備を強化して欲しいと言う(社)日本経済団体連合会、(社)日本船主協会を中心に政府への要望という動きになっている。

海賊対策に関する考察

■護衛艦に同乗している「ソマリア周辺海域派遣捜査隊」

■自衛官と連携し海賊の監視にあたる海上保安官(手前)

政府への要望も理解できないわけではないが、まず以て、海運界の企業責任としての自衛措置を徹底させることが必要ではないか。海上自衛隊および海上保安庁の勢力は、日本国周辺海域での海上自衛権、海上警察権を行使するため整備された実力組織であり、そのための人員、船艇、航空機であるので、はるか遠方海域でのグローバル的活動はそもそも想定された範囲を超えており、現在アデン湾周辺海域に展開されている海上勢力(人員・艦船・航空機)をこれ以上増強することは本来業務に支障が生じる恐れがあり、かつ、人員・艦船・装備を増強するにも多額の予算と時間を要するものであり、現状ではかなり困難ではないかと思慮される。
では、日本でも銃刀法等の法律を改正して民間武装警備員の乗船を可能とするのか? わが国における武器携帯使用に関する歴史と伝統等を考慮すると、法律を改正するハードルは高いものがある。そこで、請願警察という警察制度がその解決政策と成りうるのではないか。この制度は日本では1881年(明治14年)内務省通達によって発足、1938年(昭和13年)に廃止されたが、韓国には現在でも日本の制度を下にして創られた同様の制度があり、民間警察のような警備要員であり、公企業、鉄道、通信、電力、防衛産業などに設置され、その企業等の敷地内に限り警察官職務執行法による警察官の職務を行い、管轄の警察署から携帯武器、取り締まり資機材を貸与され、警察教育、射撃訓練等も行われている。ただし、請願警察経費はすべて請願サイドが負担することが条件であり、この制度は請願警察法という法律で担保され、現在でも維持、運営されており、一定の成果を上げている。
なお、日本でも最近まで、施設内においてのみ、司法警察職員として権限を付与され、警察権を行使した組織があった。国鉄時代の鉄道公安職員(通称・鉄道公安官)であり、国鉄の列車、停車場その他輸送に直接必要な施設内のみで、武器(拳銃・警棒等)の携帯、事件・事故の捜査、令状の取得及び被疑者の逮捕、証拠物の押収などの権限行使できるとされていた。この制度は1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化に伴い、民間企業JR社員が司法警察権を持つのは適当ではないとされ、鉄道公安職員はJRから離れて警察庁組織に組み込まれた。
日本で武装警備員を日本船籍の商船に乗船させるためには、この請願警察法を復活させ武器取り扱い教育・訓練および司法警察職員の経歴を有する海上自衛官・海上保安官を柔軟に人材活用することが、最も現実的政策ではないかと思う。ハードルの高い現行法(銃刀法等)の改正ではなく、請願警察法という新法制定(法律復活)であり、かつ海運産業と言う日本の生命線企業からの請願に基づく警備要員で、請願警察経費は請願サイドの負担とし、一般および特別司法警察職員(警察官・海上保安官等)とは区別されるものである。
また、船舶職員としての船長職務権限の一つとして遠洋区域等を航行する総トン数20トン以上の船舶の船長は、船内における犯罪につき司法警察員として犯罪の捜査、犯人の逮捕等の行為を行うこと(刑事訴訟法190条、司法警察官吏及司法警察官吏ノ職務ヲ行フヘキ者ノ指定ニ関スル件6条)ができ、海運というグローバルな産業にとっては、船長のこの警察権限を実効あるものとすることになる請願警察制度ではないかとも考える。

さらなる海賊対策の実施を

世界の海洋の航行安全と治安を維持するために、日本が海洋国家としての責務を果たすべく、さらには海運というわが国の生命線を維持している外航船員の生命・財産を国内同様に守られるべきものであることは、国家、国民の共通認識であり、また、海洋は国際法が支配する社会であり、国内の社会的規範、風土等とは異なる国際社会であるが、海洋国家の責務としてそのギャップを乗り越えることが必要である。
そのため、これらの海洋政策は海洋安全保障問題であり、また、海運産業の保護という観点もあり、総合海洋政策本部(本部長・内閣総理大臣、副本部長・官房長官、同・海洋政策担当大臣(国土交通大臣兼務))および国土交通省海事局が中心となり、銃刀法等の法的問題も含め課題に対処する総合施策を立案し、限られた予算、人材を効果的に活用して、さらなる海賊対策を実施する必要があると考える。(了)

第282号(2012.05.05発行)のその他の記事

ページトップ