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オーシャンニューズレター

第27号(2001.09.20発行)

第27号(2001.09.20 発行)

海の心がわかる潜水士の養成

(株)渋谷潜水工業 代表取締役◆渋谷正信

海中という厳しい環境の中で作業する潜水士という職業は、どうしても作業効率一辺倒になり、海の環境をおもいやる気持ちは忘れられがちになる。海に生きていながら、海の自然環境を破壊しても、そのことに関心を示さない潜水士を作り出したのは、技能・技術だけを教える教育にも問題がある。

従来の潜水士

潜水士による水中溶接の作業風景
潜水士による水中溶接の作業風景。ただ効率のいい仕事をするのではなく、海の心がわかる潜水士を育てたい。

私の職業は、海の中・水の中で調査や工事をする潜水士である。別の言い方をすれば、水の中の工事屋さんである。

その仕事を約30年余り続けてきた。潜水稼働時間を延べにしたら3万時間を超える。

若いころのある日、水深は浅かったが朝5時に潜水作業をはじめて、昼食を食べようかと浮上してきたら夕方5時ということがあった。海が荒れる前に水中に型枠を組んで、水中コンクリートを打設する仕事。たえずゆれ動く波の影響で、型枠固定の水中溶接が何度もふっ飛びやり直しが続いた。干潮時をねらった仕事であったが、満潮時までずれこみ波当りはさらに強くなっていた。波で動揺する型枠をなだめすかし、波と波の間の静けさをねらっては溶接の火花を飛ばす。型枠を固定できるまで作業を終えることはできない。

海との葛藤であり、そして波を手なずけ取り込んで作業をするのが水中で作業をする潜水士である。またある時は、磯の岩盤に穴を削りその中にダイナマイトを装填して、水中発破をかける。磯場をいかに効率良く破壊していくか、が求められる。効率よく破壊できるものが腕のいい潜水士であった。

注文者の要求どおりに作業ができるように腕を磨き、稼ぎをあげるために働くのがプロの潜水士、その効率と利益の追求に明け暮れる日々の中には、海の環境がどうなるとか、自分の仕事が海中の生態系にどんな影響を与えるのか、心にとめる余裕がなかった。

地球との共生と感受性

従来の潜水士は、そのように技能・技術を取得することに重点をおいてきたものであった。しかし、その結果は海の自然環境が破壊されても、そのことに関心を示すことができない、もしくは心を動かさないというダイバーをつくりだしたかのようにみえる。少なくとも私はそうであった。

しかし、私たち人間は、今、地球上で生活していくうえで、自然環境との共生は避けて通れない状況下にある。地球規模で進められつつある排気ガス規制や環境共生型の技術開発が様々な分野で取りざたされていることからもそれがうかがえる。そのような地球(社会)の目指している方向から、海中の仕事を行う潜水士も、単に経験がある、技術をもっているという次元の資質だけでは許されなくなるだろう。特にこれからは他の生命と交流ができる能力=感受性の豊かさが要求されてくると思う。

感受性とは「外部の刺激や印象を感じ取ることができる働き」(大辞泉・小学館)とある。それは、澄みきった洞察力であり、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力である。感動する力といってもよい。

地球環境問題に大きく影響を与えた「沈黙の春」の著者レイチェル・カーソンは、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要でないと述べている。彼女は「美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や感情などさまざまな形の感情をよびさますことが第一」という。そのような感情がよびさまされると「次はその対象となるものについてもっと良く知りたいと思うようになり、そのように見つけだした知識は、しっかりと身につく」と言っている。最初に必要なのは、感じることなのである。

心という海を拓く

野生のイルカと泳ぐ子供
野生のイルカと泳ぐ子供。そこに海との調和のイメージを見ることができる。

効率一辺倒のあり方、注文者の要求だけに耳を傾ける、稼ぎをあげるためだけに働くという姿勢からは、海の中の美しさ、海の中の本当の事を見過ごしてしまう。そのためにも潜水士は、まず最初に感受性を磨く、海の心がわかる技術を体得する必要があるのではないだろうか。

海という地球の最前線で働く潜水士は、毎日が有無を言わさずこの自然環境と向き合っている。その潜水士の感受性を高めることの意義は大きい。

しかし、知識や技術を教える教育はあるが、この感受性を磨き、人間の意識(心)を拓く養成機関は少ないように思う。意識(心)という形に現れにくいものには手をだせないというのが現状かもしれないが、現状打破をしなければいずれにしても新しいものは生まれてこない。

今、私は潜水士として、自分自身の反省と経験から私塾という試みで、「海と共に生きる潜水士養成講座」を開いている。プロダイバーになったら稼ぎが良いからという理由で集まってくる若者に、海の環境を大切にする、海の心がわかるような潜水士にならないか、と話しをすると、パッと目が開き心が動くのがわかる。人の根底には、人をおもいやるとか他の生命をおもいやるという意識(心)が存在しているようだ。この人の根底にあるおもいやりとか優しさを引き出す本格的な場が必要である。

水中環境を担う地球人

この海の心がわかる潜水士の養成が可能になれば、その養成技術は他の分野にも応用を拡げることができる。環境を意識したレジャーダイバーを育てることもできるだろうし、今後の福祉社会にも活かせる。海の心がわかるとは、言葉をかえれば海へのおもいやり、他の生命へのおもいやりである。

社会福祉を成功させるには一人一人の人が、人間に対しても自然に対してもお互い様というおもいやりの心が必要である。おもいやりのある人間が、大多数派になった世の中を思い描いて見てほしい。毎日がどれくらい安心してやすらぎに満ちた生活になるだろうか。海も、地球も、人も、そして生きとし生けるすべてのものが......。

水中工事を業とする潜水士ではあるが、地球の3分の2の水中の自然環境を担う地球人として、潜水士の責任は大きい。(了)

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