Ocean Newsletter
第277号(2012.02.20発行)
- ミシガン大学 陸水生態共同研究機関研究員◆藤崎歩美
- 東京都港区議会議員◆榎本 茂
- 東京大学大学院人文社会系研究科 研究科長・教授◆中地義和
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所・教授)◆秋道智彌
アメリカにおける五大湖環境修復への取り組み
[KEYWORDS] 湖/環境問題/地球システムミシガン大学 陸水生態共同研究機関研究員◆藤崎歩美
世界最大の淡水湖系である五大湖は物理環境、生態系、気候、そして人間活動が深く関わる地球システムの縮図である。
本稿では五大湖を取り巻く自然環境、人間活動とそれによる環境変化について、そして持続可能なシステム構築への取り組みについて述べる。
五大湖と人間活動の関わり
五大湖はアメリカとカナダにまたがる世界最大の淡水湖系である。淡水湖としては世界で最も大きな表面積をもつスペリオール湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、そしてオンタリオ湖がある。最も低地にあるオンタリオ湖と、これに隣接するエリー湖の水位差は100mほどにもなり、これをつなぐナイアガラの滝は観光地としても有名である。
五大湖周辺はメキシコ湾からの暖かい大気と、北極からの乾燥した大気の両方に影響を受ける。このため春と秋にはとくに天気が変わりやすい。湖そのものも周辺の気候に大きな影響を及ぼしていて、巨大なヒートシンクとして周囲の気温の季節変化を緩やかにしている。また、湖の湿気は冬になると湖岸付近に大量の降雪をもたらす(lake effect)。冬になると気温が氷点下となる日が続き、五大湖表面は部分的に氷に覆われ、このような氷の存在は湖の生態系とも深く関わっている。氷の上の積雪が少なければ太陽光が氷の下へと透過し、プランクトンの増殖を促進する。さらに氷の下は風の影響を受けにくいため表面付近でのプランクトン分布が比較的安定していることも増殖の好条件である。春に氷が解け始め太陽光が強まってくると、一斉にプランクトンの増殖が始まる。
五大湖周辺の産業はその水系と深く関わりながら発展してきた。100年以上に渡り世界で最大規模の淡水漁場として栄え、加工業を含めた商用、行楽を合わせると年間40億ドルもの経済効果を生み出す。サケ、マスなどが漁獲され、生息種は150を超えると言われている。
五大湖は西海岸、東海岸、メキシコ湾岸につづく第四の海岸とも呼ばれ、オンタリオ湖からセントローレンス水路を通じて北大西洋、ヨーロッパや中東、アフリカとつながっている。石炭などの鉄鋼性生産物が全長300m級の貨物船によりこの水路を通じて年間1,300~1,400万トン輸送される。鉄製品、農産物も主要な輸送品である。
また、近年では五大湖沿岸は有力な風力発電の候補として注目されている。先駆的なものはオハイオ州、エリー湖沿岸におけるゼネラル・エレクトリック(GE)社とエリー湖エネルギー開発会社(LEEDCo)による風力発電プラント計画で、ピーク時には州内16,000世帯の電力が賄えると見積もられている。
環境問題
■五大湖の産業用船舶航行。(NOAA五大湖研究所ウェブサイト より引用)
20世紀半ばまでの経済発展とともに、湖の自己回復能力を上回る人間活動が五大湖域の環境を変化させてきた。なかでも水質の悪化は代表的な環境変化である。1969年にはオハイオ州のカイヤホガ川が廃油汚染により炎上するという事態が起こり、これにより国民は五大湖の環境保全を意識し始める。州を超えた浄化運動が始まったのは1970年代のことである。当時と比べ、現在ではオンタリオ湖とエリー湖のリン濃度は80%ほど減少したと言われている。一方で、有害藻類の大量発生は現在でも五大湖の大きな問題の一つである。
漁業においても同様である。19世紀の終わりに漁獲高はピークとなったが、20世紀になると乱獲、外来種の侵入、そして汚染による漁業資源の枯渇が危惧されはじめた。1971年にアメリカとカナダによる持続可能な漁業の指標をはかるアメリカ-カナダ五大湖漁業条約が締結され、近年では各湖における代表種の自己再生能力が回復してきている。
船舶航行に関しては汚染された浚渫土砂の処理、ゼブラ貝など外来種の侵入の原因となるバラスト水の処理が課題となっている。
■五大湖の衛星画像(Moderate Resolution Imaging Spectroradiometerによる)。左からスペリオール湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖。ミシガン湖南部とヒューロン湖南部の青白い部分は沈殿物が表面に巻き上げられたもの、エリー湖西部とヒューロン湖西部のサギノー湾に見える緑の模様は藻類である。(NOAA/GLERL、CoastWatch ウェブサイト より引用)
五大湖との共存に向けた取り組み
2009年、オバマ大統領は五大湖の環境修復に向けた巨大な研究基金を立ち上げた。2010年には4.75億ドル、2011年には2.75億ドルが投入されている。こうした基金の使途には浄化活動、モニタリング、研究、そして教育・啓発活動などが含まれる。周辺の大学、研究機関においても五大湖域の調査研究は主要なテーマとなっており、こうした政府主導の基金は若手研究者の育成にも使われている。
官学の連携を担うための陸水生態共同研究機関(Cooperative Institute for Limnology and Ecosystem Research)では、10の大学と米国海洋大気庁の五大湖研究所(NOAA/GLERL)などの機関が参加している。五大湖域の環境問題の特定、生態・物理システムの理解、予報モデルの構築、それに基づく社会への提言、また長期的な気候変動・気候変化の予測を目的とする。筆者もこの共同研究所にてポストドクトラル研究員として五大湖における循環・湖氷の長期的な変動と生態システムの関わりについて数値モデルにより調査している。
五大湖の合計面積は本州と四国を合わせたものとほぼ同じである。このような巨大な湖を中心として、産業、生態系、物理、気候が一つの領域的な地球システムをなしている。そのシステムをよく理解し、モデル化し、予測可能性を向上することが五大湖周辺における持続可能なシステム構築のための課題と言えるだろう。(了)
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