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オーシャンニューズレター

第276号(2012.02.05発行)

第276号(2012.02.05 発行)

海洋生物多様性保全戦略の策定と実施

[KEYWORDS] 生態系/海洋保護区/環境省
環境省自然環境局自然環境計画課 サンゴ礁保全専門官◆尼子直輝

海の生物多様性は、われわれの生活に欠かせない海の恵みをもたらすものである。
その保全と持続可能な利用を目的とし、海洋保護区の考え方や今後の施策の方向性を示す「海洋生物多様性保全戦略」が、専門家による検討を経て2011年3月に環境省により策定された。今後この戦略に沿って、関係府省と連携した取り組みを進めていきたい。

海洋生物多様性保全戦略の策定の背景

2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP10)をきっかけに、日本でも「生物多様性」という言葉をよく聞くようになりましたが、海洋の分野においては、少し前から生物多様性が注目されています。
国際的には、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)が海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護および保全の促進を目標に掲げたほか、生物多様性条約の締約国会議や持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD:World Summit on Sustainable Development)でも海の保全について議論がなされ、様々な目標が掲げられています。
国内でも、海に関する多くの法律に「環境」という言葉が含まれるようになったほか、2007年に成立した海洋基本法では、海洋環境の保全等について規定した第18条において、汚濁の負荷の低減や廃棄物排出の防止などとあわせて、「海洋の生物の多様性の確保」を明記しています。
海洋生物多様性保全戦略は、これら国内外の海洋生物多様性への注目の高まりを背景に2011年3月に環境省により策定されました。策定に当たっては、海洋生物、漁業、海洋法などの専門家による公開の検討を経るとともに、パブリックコメントを募集し、多くの方々から御意見を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

海洋生物多様性保全戦略の概要

■ダイビングスポットで有名なヨナラ水道北部

海洋生物多様性保全戦略は、主に排他的経済水域までのわが国が管轄権を行使できる海域を対象として、海洋の生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性を保全し、生態系サービス(海の恵み)を持続可能なかたちで利用するための施策を実施することを目的としています。本戦略は、以下4つの部分から構成されています。
1)海洋の機能や生物多様性とそれに由来する生態系サービス
海洋は水の循環を通じ、熱の運搬、気候の急激な変化の緩和等の機能を持ち、多様な生物が生息・生育できる環境を維持しています。また太陽光が届く海面から水深200mくらいまでの有光層と深海で全く異なる生態系を、水を介して三次元的につなげる役割があります。さらに、海洋は大量の炭素を保有すると同時に、植物プランクトンの一次生産等を通じ二酸化炭素の大きな吸収源となっています。これら海洋の機能や生物多様性に由来する生態系サービスとして、魚介類等の食料や薬品などに使われる遺伝資源等の「供給サービス」、気候の安定や水質の浄化などの「調整サービス」、海水浴等のレクリエーションや精神的な恩恵を与えるなどの「文化的サービス」および栄養塩の循環や光合成などの「基盤サービス」が挙げられます。
2)海洋生物多様性の現状と人間活動による影響
約447万km2と世界有数であるわが国の領海および排他的経済水域は、4つのプレートがぶつかり合う場所に位置しており、熱帯域から亜寒帯域に至る幅広い気候帯に属しているため、黒潮(暖流)や親潮(寒流)などの多くの寒暖流が流れるとともに、藻場、干潟、サンゴ礁から遠隔離島や海山、深海まで多様な環境が形成されています。このため、日本の管轄権内水域には、全世界の約23万種の既知の海洋生物のうち約15%にあたる約34,000種が確認され、このうち日本の固有種は約1,900種にのぼります。
このように豊かな日本の海洋生物多様性も、特に高度経済成長期に進められた開発、改変によって、干潟や自然海岸などの規模が大幅に減少したほか、近年では海岸侵食の激化や外来種の導入、地球温暖化の影響も新たに心配されています。世界的にも、サンゴ礁やマングローブ林が急激に失われ、海洋漁業資源も特に食物連鎖の上位に位置する魚種の資源量が過剰な漁獲等により減少しているなど、海洋生物多様性の劣化が指摘されています。
3)5つの基本的視点
本戦略では、(1)海洋生物多様性の重要性の認識、(2)陸域とのつながり、海洋の連続性や海洋生物の広域にわたる移動等を踏まえた海洋の総合的管理、(3)わが国周辺の海域の特性に応じた対策、(4)地域の知恵や技術を活かした効果的な取り組み、(5)海洋保護区に関する考え方の整理、の5つの基本的視点を挙げています。
このうち、保全のための有効な手段の一つと考えられていますが、(6)海洋保護区について、日本にはこれまで公式な海洋保護区の定義がなかったことから、本戦略では以下のとおり定めました。
「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全および生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域。」
さらに、この定義に該当すると考えられる既存の制度に基づく区域は、環境省のホームページ※にて挙げています。
4)今後の施策の展開
本戦略には、今後重点的に取り組むべき課題として、科学的な情報および知見の充実、生物多様性の保全上重要度の高い海域の抽出、海洋生物多様性への影響要因の解明とその軽減政策の遂行、海域の特性を踏まえた対策の推進、海洋保護区の充実とネットワーク化の推進、社会的な理解および多様な主体の参加の促進などが挙げられています。
このうち、海洋保護区の充実とネットワーク化については、CBD COP10で採択された愛知ターゲットにおける「沿岸域および海域の10%の保護区化」という目標を念頭に置く必要があります。また、海洋保護区の面積の拡大のみならず、その中で実施される管理の充実も重要です。

海洋生物多様性保全戦略の実施:

本戦略の策定の後、総合海洋政策本部会合(本部長:内閣総理大臣)において『我が国における海洋保護区の設定のあり方』が了承されました。これは海洋基本計画の要請に基づき関係府省で検討してきたものですが、この中でも、海洋生物多様性保全戦略における海洋保護区の定義とこれに該当する区域の考え方が使用されました。今後も本戦略に沿った取り組みを関係府省と連携して進めていきますので、御支援よろしくお願い致します。(了)

※ 環境省、海洋生物多様性保全戦略について https://www.env.go.jp/nature/biodic/kaiyo-hozen/other/pdf.html 『海洋生物多様性保全戦略資料集』2.海洋保護区に該当すると考えられる我が国の既存の制度等参照

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