Ocean Newsletter
第273号(2011.12.20発行)
- 独立行政法人科学技術振興機構 参事役・地球規模課題国際協力室長◆岡谷重雄
- 文部科学省初等中等教育局視学官◆宮崎活志
- 海上自衛隊幹部学校教官◆石原敬浩
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所・教授)◆秋道智彌
途上国と良好な関係を築き地球規模課題を解決していくSATREPS
[KEYWORDS] ODA/共同研究/SNS独立行政法人科学技術振興機構 参事役・地球規模課題国際協力室長◆岡谷重雄
海洋の諸問題の多くは途上国との協力が不可欠である。
途上国と良好なパートナーシップを形成し、研究協力から持続的な社会実装へ繋げていくため、JICAとJSTが協同したプログラムSATREPSが遂行中、成果を出している。
新たなテーマの発掘や社会実装に向けたステークホルダーとの連携のため、プラットフォーム(SNS)としてFRIENDS OF SATREPSの運用を開始。メンバーは国内外含め既に2,000名を越える。
SATREPSとは
SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)とは科学技術の支援機関であるJST((独)科学技術振興機構)と政府開発援助(ODA)機関であるJICA((独)国際協力機構)の共同プロジェクトであり、気候変動、生物多様性、水問題、感染症、防災などの地球規模の問題解決に向けて途上国と研究協力するプログラムである。研究協力といっても学術的な基礎研究ではなく、社会実装を目指した(注:プロジェクトの終了後直ぐ実装ということではない)研究協力に限定している。プロジェクトは一つあたり3~5年間、3~5億円の日本側の支出、相手側人件費は先方負担というODAのスキームにならっている。現在、60のプロジェクトを33カ国で実施しており、半数がアジア、18プロジェクトがアフリカといった按配である※1。
このSATREPSで実施しているプロジェクトのうち、海と関連の深いものを2つ紹介したい。
沿岸生態系保全・適用管理:フィリピン
■ミンダナオにおけるサンゴ礁の生態調査。
まずはフィリピンで東京工業大学等がフィリピン大学ディリマン校海洋研究所等と実施している「統合的沿岸生態系保全・適応管理」プロジェクトである。生物多様性が豊かなフィリピンの沿岸地域は、珊瑚礁や豊富な魚介類、微生物や植物が存在している地域である。しかしながら、開発行為や沿岸住民の生活により人為的環境負荷が増大し、また地球環境の変動による影響もあいまって、生態系の劣化が進んでいる。このプロジェクトでは沿岸地域の生物多様性がどのように維持されてきたのかを解明しつつ、環境に対するこれらの多重ストレスに生態系がどのように応答するか、また回復できるのかを包括的に評価する。また、沿岸生物多様性に最も恩恵を受けているもストレスの発生源である地域コミュニティとともに、持続的に発展していくための沿岸生態系保全管理システムを科学的評価の下に作り上げていくということを目指している。
本年夏、私はこのプロジェクトの現地でのワークショップに参加した。多数の研究者だけでなく、いくつかの地域代表や政府関係者も参加し大変活発な意見交換になった。地域住民の最大関心事項はフィッシュ・キルという漁場の魚が一斉に死んでしまうこと。他方、内外の環境保護団体が地域にきては生態系保全のための様々な助言を行い、財政困難な地方行政府はそれに翻弄されてきたとのことであった。研究者サイドからは、より広域な地域住民の参加によるモニタリングがないと科学的な評価システムが構築できないとの発言があった。
科学をベースとし、かつ、地域住民と一体となった生態系保全策が必要であるのは全員が一致する。しかし、その具体的対策には科学者と地域住民のコミュニケーションを円滑にする通訳者(サイエンス・インタープリター)の存在と地域住民の経済活動を持続的に向上させるビジョンが欠かせず、社会実装に向けたSATREPSの取り組みが単なる共同研究ではないことを実感させられた。
現在、このプロジェクトは2年半先のプロジェクト終了後の出口も睨みつつ、ステークホルダーを広げた連携を模索しつつある。
気候変動予測とアフリカ南部における応用:南アフリカ
南アフリカではJAMSTECと東京大学が南アフリカ共和国の気候地球システム科学応用センター等と協力し、アフリカ南部の気候に影響を与える亜熱帯ダイポールモード現象やアンゴラ・ナミビア沿岸の海水温の異常上昇を引き起こすベンゲラ・ニーニョ現象を解明し、アフリカ南部の気候変動予測の高精度化を進めている。
科学的な成果に関しては、IPCC第4次レポートで用いられた20個以上の大気海洋結合モデルのいずれも再現することができなかった大西洋赤道域の海面水温を、この共同研究を通じて東大の大気海洋結合モデルによって世界で初めて再現することができたことは意義が大きい。また社会的には、地球シミュレータを用いてダウンスケーリングを行い、1年先の季節気候予測を実施。大洪水や干ばつも起こる南ア北部のリンポポ州の降雨予測などによりトマトなどの農作物の作付け、マラリアの発生予測に対応させ社会実装へとつなげることを目指している。
このプロジェクトは3年間で終了するが、成果として精度が向上した季節予報とそのダウンスケーリングの技術をベースに、アフリカにとどまらず広い地球上の新たな課題にチャレンジしていくことが期待される。
FRIENDS OF SATREPS
■SATREPSのマスコット"レップスくん"。「動かない鳥」として有名なハシビロコウがモデル。
SATREPSのプロジェクトはいずれも社会実装を目指しているのでプロジェクトの後半には国際機関、相手国政府、地域政府、事業家、投資家、世銀など国際開発銀行、NGO、様々なステークホルダーとの連携が必要である。また、途上国のニーズに則した新しい地球規模課題に対応するため、新たな提案を発掘していくことが必要である。そして何よりも税金で行われているこの事業を納税者により理解してもらうことが必要である。これらのニーズに対応していくためのプラットフォームとして登録制のコミュニティサイト(FRIENDS OF SATREPS)を開始した※2。内外様々な人からなるメンバーは既に2,000名を越えた。
海に関わる諸問題は良くも悪くも地球規模課題である。その多くは途上国との関係なくては解決することができない。そのためにも途上国との良好なパートナーシップを形成し取り組むことが肝要であり、長期的視点にたった人材育成やカウンターパートの発掘が必要なのは論を俟たない。距離が遠く旅費も乏しい途上国とネットワークを築いていくためにも、あらゆる方々にこのバーチャルプラットフォームを活用していただきたい。そして機が熟したときにSATREPSに応募し、地球規模課題の解決に取り組んでいただければ幸いである。
地球のために、未来のために。(了)
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