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Ocean Newsletter
第272号(2011.12.05発行)
- 海洋政策研究財団主任研究員◆秋元一峰
- 東北大学浅虫海洋生物学教育研究センター准教授◆経塚啓一郎
- 総合地球環境学研究所准教授◆内山純蔵
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
南シナ海問題と東アジアの海洋安全保障環境
[KEYWORDS] 南シナ海問題/中国の海洋進出/安全保障環境安定化の方策海洋政策研究財団主任研究員◆秋元一峰
南シナ海問題は、東南アジアにとどまらず、東アジア全体の海洋安全保障に大きな影響を及ぼすものとなる。
海運の面からも、防衛の面からも、南シナ海の安全保障環境の安定化のための措置が必要といえる。
南シナ海の地理的特徴
■図1:東南アジアのチョークポイント
■Source: Chokepoints: Maritime Economic Concerns in Southeast Asia, Cooperation with the Centre for naval Analyses, October 1996.
南シナ海は、言わば東南アジアの地中海であり、その出入り口となる国際海峡は、北から反時計回りに、台湾海峡、マラッカ・シンガポール海峡、スンダ海峡、バシー海峡がある。南シナ海は、インド洋と東アジアを結ぶ最短ルートとして、世界の原油タンカーの1/2が通航するなど、グローバル経済を支える海上交通の要衝である。
図1に見るように、南シナ海の航行が支障を来たす場合、インド洋からの船舶はマラッカ・シンガポール海峡を通れなくなる。マラッカ・シンガポール海峡を通峡すると、必然的に南シナ海に入ることになるからである。南シナ海の通航が危うくなった場合、マラッカ・シンガポール海峡を通って東アジアに向かう船舶は、ロンボク海峡を通ってフィリピン海に入るか、あるいはオーストラリアの南方を迂回して南太平洋に出る航路を選択することになる。
粗い分析ではあるが、中東から日本への原油タンカーを考えると、ロンボク海峡にルート変更した場合は、航程が約3日増え、原油所要量を確保のために15隻ほどのタンカーを補充する必要があり、オーストラリアの南方を迂回した場合は、航程が約2週間増えさらに多くのタンカーを補充する必要が生じるとの試算がある。南シナ海の航行が脅かされる事態が生じれば、世界経済に大きな損失が及ぶことになる。
南シナ海の紛争
南シナ海には、南沙諸島など島嶼の領有権問題がある。島嶼の帰属問題は、必然的に排他的経済水域・大陸棚の境界画定と資源の開発権を巡る争いも生起させる。例えば、漁業を巡っては、2010年6月に、インドネシア領ラウト島沖で、インドネシア海軍艦艇が違法操業として中国漁船を拿捕、これに対して中国の大型漁業監視船が「拿捕した中国漁船を開放しなければ攻撃する」と警告、インドネシア海軍艦艇も応戦準備に入るという一触即発の事件があった。大陸棚開発を巡っては、2011年9月、ベトナムが自国の大陸棚と主張する海底の鉱区で、インドと天然ガス・石油の共同開発合意を発表、これに対して中国が当該海底は中国の管轄下にあると主張して抗議する事件などがあった。
今、南シナ海には中国とASEAN諸国とアメリカの三者による対立と協調の戦略構図が生じている。中国は南シナ海の紛争について、多国間による解決ではなく、当事国による二国間の解決を主張している。対して、他の南シナ海諸国は、相対的に力の大きい中国との二国間対話を避け、ASEANという枠組みで中国に交渉することを望んでいる。中国による紛争相手国の船舶への高圧的な妨害に対して、アメリカは「航行の自由」というアメリカの主張する原則で中国に是正を迫り、これに乗じてASEAN諸国はアメリカに与する姿勢をみせている。アメリカの唱える「航行の自由」は、アメリカの海軍艦艇等による南シナ海での行動の自由の確保が最大の狙いであろう。南シナ海は、海運のみならず軍事戦略的にも極めて重要な海域であり、アメリカとしてはこの海域における海軍艦艇の行動の自由を確保しておく必要がある。逆に、中国としては、南シナ海におけるアメリカ海軍艦艇の自由な行動は、軍事戦略上許容できない面がある。それが、「アメリカ軍のAccess戦略」対「中国軍のAnti-access/Area-denial戦略」の構図を作り出している。
中国海軍の外洋展開とアメリカの対応
2008年11月、中国の艦艇4隻が沖縄本島と宮古島の間を通過して西太平洋を巡航して以降、毎年、中国海軍は東シナ海から西太平洋に進出して演習するパターンを繰り返している。中国には、北海、東海、南海の三つの艦隊がある。西太平洋に展開するのは東海艦隊であり、その間、北海艦隊は南シナ海に移動して南海艦隊と共に南シナ海での作戦を演習していると言われる。中国海軍にとって、南シナ海、東シナ海そして西太平洋は一つの海域であり、三つの艦隊の行動は連動した一つの演習シナリオと考えるべきであろう。ならば、南シナ海問題は日本の防衛に直接的に係わりを持つことになる。
アメリカは、南シナ海問題に対し、「航行の自由」を主張して中国を牽制すると共に、新たな空海統合戦闘構想"A joint air-sea battle concept"で対応する考えを打ち出している。この"A joint air-sea battle concept"は、在日アメリカ軍基地と自衛隊の役割を重視する構想であると言われる。アメリカのシンクタンク戦略・予算評価センター(CSBA)は、日本による弾道ミサイル防衛と対潜水艦戦能力の向上の必要性を指摘している。
南シナ海の安全保障環境の安定化のために
南シナ海問題は海運の面からも、防衛の面からも、日本を含めた東アジアの安全保障問題である。南シナ海の安全保障環境の安定化のためは、以下の3方向からのアプローチが必要である。
(1)パワーバランスの安定化
南シナ海のパワーバランスは中国の台頭によって不安定化している。日本は、アメリカの東アジアにおける展開部隊の維持を支援し、パワーバランスの流動化を防ぐことが重要である。日米共同しての南シナ海のパワーバランスの安定化は、日米安全保障条約体制を真の意味の"地域における公共財"とすることになる。
(2)信頼醸成措置の促進
南シナ海には、海上衝突予防や軍の透明性を促進するための協定がない。偶発事故の予防と航行安全の維持のために、南シナ海のアクターの間で信頼醸成を促進させる必要がある。
(3)南シナ海諸国の能力向上
現状、ASEAN諸国に比して中国の海軍力・海上法執行能力は圧倒的に大きい。それが、中国の南シナ海での高圧的な姿勢を招いている面がある。日本はアメリカと共に、南シナ海に領海を接するASEAN諸国に対し、能力構築のための支援を提供すべきであろう。(了)
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