Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第271号(2011.11.20発行)

第271号(2011.11.20 発行)

海洋生物は死んで殻を残す

[KEYWORDS] 石灰化/二酸化炭素/温暖化
東京大学大学院農学生命科学研究科科長・教授◆長澤寛道

多くの海洋生物は炭酸カルシウムでできた殻を作り、死んだ後は殻を残す。殻は堆積し、何億年の間に石灰岩として膨大な量の二酸化炭素プールを作り、大気中二酸化炭素濃度を減少させてきた。
海洋環境を保全することが今後ますます重要になると考える。

はじめに

大気中の二酸化炭素の漸増による地球温暖化は今や早急に解決しなければならない世界的課題として認識され、これに関して国際会議が定期的に行われ、それぞれの国の事情に合わせた削減の数値目標が出されています。しかし、各国の二酸化炭素削減に対する足並みは必ずしもそろっているわけではありません。特に、先進国と途上国の立場の違いが議論になっています。この二酸化炭素の大気中の濃度は、明治以前は0.028%ほどで低いレベルを保っていましたが、人口の増加、産業革命、産業構造の変化による石油や石炭の消費によって、近年上昇カーブは急になり、いまや0.04%を超える勢いです。この二酸化炭素濃度の上昇による温暖化の進行は、南極や北極の氷や氷河を溶かし、海水面の上昇や海洋生物の多様性や生息域に異変をもたらしています。

生物が繁栄する地球

地球大気の組成は、太陽系惑星のなかで地球のとなりに位置する金星や火星のそれとは著しく異なっています。金星や火星では二酸化炭素が大気の約97%を占めています。それに比べると地球大気中の二酸化炭素の割合は増加しているとは言え、上述のように著しく低い値になっています。これは何故でしょうか。実は、地球も約45億年前に誕生した時は現在の金星や火星と同じく大気中の二酸化炭素は約97%であったと推定されています。地球は生物が生息し繁栄している特別の惑星です。約38億年前に原始的な生物が現れ、やがて光合成を行う生物が現れ、二酸化炭素を固定し、代わりに酸素を排出しました。そのおかげで、もともと原始大気には酸素がほとんどありませんでしたが、現在では約21%を占めるに至っています。光合成だけでは、二酸化炭素をここまで減らすことはできません。主に海洋生物の石灰化反応によって二酸化炭素濃度を大幅に減らしてきました。

石灰化反応


■A:衛星写真(http://www.soes.soton.ac.uk/staff/tt/)。矢印は大発生した円石藻で白く見える。


■B:石藻類の一種Pleurochrysis carterae。海洋性の単細胞藻類で細胞内で作った炭酸カルシウムの構造物(ココリスという)を細胞表面にたくさん付着させている。

石灰化反応とは、二酸化炭素が水に溶けて重炭酸イオンとなり、カルシウムイオンと結合して炭酸カルシウムとなり、固体として沈殿する反応です。多くの海洋生物がこの反応を利用して硬い殻を作っています。例えば、軟体動物の貝類、甲殻類の外骨格、刺胞動物(サンゴ類)の骨格、原生動物の有孔虫などの無脊椎動物の殻、および円石藻とよばれる単細胞の藻類が作るココリスなどが代表です。円石藻類は時として海洋で大発生し、人工衛星からその様子を観察できるほどです(図1)。これらの生物は死んでも殻を残すため、多くは化石として地球の表層に留まっています。また、生物遺体由来の殻は長い年月を経て石灰岩となり、海洋底、サンゴ礁あるいは長い年月のうちに隆起して大きな山をなして存在しています。その石灰岩の量は実に膨大なものであり、地球上の炭素の90%を占めると推定されています。残りの主なものは現在生きている生物および生物遺体の有機物や石油、石炭などです。なお、石油や石炭も生物遺体に由来します。この大量の石灰岩を全部溶かして、あるいは生物由来の有機物を分解して二酸化炭素に戻しますと、大気の組成は金星や火星と同じく二酸化炭素が約97%となります。すなわち、地球の表層を成す気圏、水圏、地圏は生物の活動や進化と共に変化してきたと考えられます。
実は今でも、石灰化反応は時々刻々起こっています。年間の石灰化による二酸化炭素の固定量はわずか10億トン程度ですが、この生物活動が減少しますと、二酸化炭素を排出する方向に進みます。この固定量は海洋の植物プランクトン等の光合成による有機物への固定量の約1%に過ぎません。しかし、光合成によって固定した二酸化炭素が有機物に固定され、いずれは死んだ後、短時間のうちに分解されて二酸化炭素に戻っていくことを考えると、一時的に大きな炭素のプールを作っているだけにすぎないとも言えます。一方、石灰化による固定量は少ないのですが、何億年という長い時間のうちに大量に石灰岩(炭酸カルシウム)を蓄積し、地球レベルでの炭素の循環の中に組み込まれていきますので、より大きな意味を持っているといえるでしょう。このような観点から海洋生物にとって、少ない量であっても石灰化反応が盛んに起こるような海洋環境を保全することが極めて重要であると考えています。
個々の生物における石灰化反応のメカニズムは近年盛んに研究されるようになってきましたが、まだ不明の点が多く残されています。この研究も加速する必要があります。

温暖化による海洋生物への影響

造礁サンゴは褐虫藻とよばれる共生藻を宿しています。褐虫藻は葉緑体を持っており、サンゴの体内で光合成を行い、その光合成産物をサンゴに供給しています。この共生関係は海水温に依存しており、海水温が上昇すると褐虫藻はサンゴから離脱していき、サンゴが白くなって「白化」状態になり、死んでいきます。サンゴは動物ですが、浮遊生活から一旦固着すると移動できなくなってしまいます。多くのサンゴは6、7月の大潮の夜に産卵します。卵あるいは幼生は海流によって流され、本来暖かい海で成育するはずの種が温暖化のために少しずつ北の方まで進出しています。サンゴに限らず、海水温のわずかな上昇が海洋の生態系に大きな影響を及ぼす可能性が多数報告されています。今後、石灰化反応のメカニズム、海洋生態系の保全、海水温の上昇および海水の酸性化のメカニズムの研究を加速・推進することが強く望まれます。

石灰化の産業利用

■図2 真珠を作るアコヤガイの貝殻

石灰化を産業に応用した例の一つが、真珠養殖産業です。真珠は、アコヤガイなどの貝が作る石灰化の産物であり、生物が作る唯一の宝石です(図2)。100年以上前に開始された真珠の養殖は御木本幸吉らの努力によって、一大産業にまで発展しました。国は三重県賢島に1956年国立真珠研究所を設立し、産業の発展を後押ししました。このことによって、真珠研究は学問的にも世界に対して常に優位性を保つことができました。その成果は、世界のこの分野の研究者に確実に引き継がれています。残念ながら国立真珠研究所は1978年閉所しましたが、その一部は水産庁養殖研究所(現(独)水産総合研究センター養殖研究所)に引き継がれ、今日に至っています。真珠養殖においても海水温の上昇が問題になっています。(了)

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