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オーシャンニューズレター

第266号(2011.09.05発行)

第266号(2011.09.05 発行)

海洋開発―最後のフロンティア空間へ~海上技術安全研究所の取り組み~

[KEYWORDS]深海水槽/海底資源開発/浮体式洋上風力発電システム
(独)海上技術安全研究所理事長◆茂里一紘

排他的経済水域(EEZ)の広さが世界第6位のわが国にとって、海洋開発は重要である。海洋は力学的に厳しい空間であり、その開発には周辺技術の活用も含めた研究が必要となる。
(独)海上技術安全研究所では、外洋上プラットフォーム、海底資源開発や浮体式洋上風力発電システムなどの海洋開発に関する研究と共に、海洋環境保全技術の開発に取り組み、わが国の国際貢献として期待されている。

海洋空間

地球の75%の表面は海です。そしてわが国の排他的経済水域(EEZ)の広さは世界第6位です。海を利活用する可能性はますます高まっています。わが国にとって最後のフロンティア空間と言っていいでしょう。ところで、空間のことを英語でspaceと言います。転じて宇宙空間を意味することはご承知のとおりです。しかし地球上に住む私たちの生活により身近に関係しているという意味では、 spaceは海を表す表現としてもよいかも知れません。海は資源とエネルギーを生み出す可能性に満ちた空間であるだけではなく、地球の環境を維持するための重要な空間でもあります。海洋は宇宙spaceに劣らず重要なspaceです。しかし、海洋spaceは、潮流、波、風そして何よりも圧力(水圧)など、宇宙spaceに比べて、力学的には格段に厳しいspaceです。時には、"敵意に満ちた空間(hostile space)"とも言われます。この敵意に満ちたspaceを人類のために利活用するのが海洋開発なのです。

海洋開発の研究

■写真1
深海水槽(周囲は分割型造波装置)

■写真2
浮体式洋上風力発電の実験状況(海洋構造物試験水槽)

海洋は"敵意に満ちた空間"です。そのため、海洋開発には研究が重要となります。(独)海上技術安全研究所(以下、海技研)では、海洋開発に関して次のような研究を行っております。
外洋上プラットフォーム
海上にあって海中・海底の種々の作業を支援する浮体を洋上浮体あるいは洋上プラットフォームと言います。外洋を稼働海域とするものを特に「外洋上プラットフォーム」と言っています。外洋上LNG生産設備や海底熱水鉱床開発用プラットフォームがその例です。外洋上プラットフォームは海洋開発のための基本的装置です。海技研では、これまで行ってきた外力・浮体動揺・位置保持に関する研究をもとに安全性・経済性も考慮に入れた基本設計支援ツール「調和設計プログラム」を開発しました。また新しいコンセプトである浮体式モノコラム型生産/貯蔵/出荷システムに対する総合安全性評価を実施し、船級協会の基本認証取得を支援しています。
海底鉱物資源の開発
海底に埋蔵されている鉱物資源を利活用するには、採鉱技術とともに掘削した鉱物を洋上へ揚げるための揚鉱技術を開発しなければなりません。鉱物の場合、揚鉱はガスや石油と異なって噴出圧がないので独自の方法を開発しなければなりません。採鉱では排水・採掘に伴う環境負荷の問題も解決しなければなりません。
わが国のEEZの6割が3,000mより深い海域です。現在海技研では2,000m水深の海域を想定して採鉱の研究を行っています。写真1はその研究に使用している水深35mの深海水槽です。水面の周囲には128個の分割造波機があり、それらの動きの合成によって実際の海の波を再現することができます。大水深海洋開発の研究では、深海水槽の他に、6,000m海底の圧力を再現できる高圧タンクも使って実験を行います。
浮体式洋上風力発電システム
潮流、波、風は、海洋を"敵意に満ちた空間"にしております。しかしこれらはエネルギーの塊でもあります。これらを総称して「海洋再生可能エネルギー」と言います。海技研では、これらを総合的に研究していますが、中でも浮体式洋上風力発電について独自の係留法と安全性の確保および発電効率向上の研究を行っております。写真2は海洋構造物試験水槽での水槽試験状況です。実験結果をもとに、評価方法を体系化すると共に最適設計を進めています。この研究には、海洋構造物試験水槽のほかに、複雑な海環境を再現するための変動風水洞を使っております。この実験装置は実際の海のように風と水の流れを同時に再現することができる風洞・水槽です。風速は変動させることができます。浮体式洋上風力発電については、近く実海域での実験に取り組む予定です。

もう一つの海洋開発

海事に関する国連機関であるIMOは、数年来海洋での温室効果ガスの規制に取り組んできました。先般ロンドンで開催された海洋環境保護委員会で海洋汚染防止条約が改正され、海上における温室効果ガス規制が採択されました。この改正を一貫して主導してきたのが日本でした。複雑な国際関係の中では技術的根拠が説得力を持ちます。作業部会の議長を務め、技術的対応をしてきたのが海技研です。
新条約は、2015年7月以降に竣工する船舶は一定の「燃費基準」をクリアしなければならないというものです。海洋は、地球表面の75%を占める広い空間であるが故に、環境問題では長く"希釈・拡散"としての空間でもありました。新条約は海洋空間を新しい価値でとらえ、それを国際的合意としたわけです。それは歴史的な一歩で、"もう一つの海洋開発"と言ってもいいでしょう。
海技研は、舶用エンジンの排気ガスに関する研究や低燃費船型の開発によって、 "もう一つの海洋開発"にも取り組んでおります。新条約には開発途上国への技術援助を推進する条項が盛り込まれております。それはできるだけ多くの国が批准できるようにとの配慮から追加されたものです。世界有数の海運・造船国であるわが国は、"もう一つの海洋開発"である海洋環境の保全にも国際的貢献をしなければなりません。

むすび

海は地球上に残された最後のフロンティア空間です。資源やエネルギーの埋蔵空間であると同時に、環境保全の受け皿としての空間でもあります。海洋spaceが身近な空間であるにもかかわらず、宇宙spaceに比べて研究はなお十分ではありません。
海洋開発は総合技術です。制御技術や機械工作技術そして素材開発など周辺技術があってはじめて可能です。幅広い分野にわたり高いレベルの周辺技術を有するわが国なればこそ取り組むことのできる開発課題です。海洋開発から海洋産業が生まれなければなりません。海洋spaceが可能性を秘めた空間から、私たちの生活に密着した空間へと変る胎動が始まっております。(了)

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