Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第259号(2011.05.20発行)

第259号(2011.05.20 発行)

海のサイエンスカフェ~海洋科学研究者と市民との双方向の交流~

[KEYWORDS] 対話/科学コミュニケーション/日本海洋学会
(独)海洋研究開発機構 上席研究員、日本海洋学会教育問題研究会長◆市川 洋

「学会員が高校生から大人までの一般人と海洋学の最新の研究成果について、双方向で話し合うことを通して、多くの人々が海との関係を身近に感じる方法を探し出す」ことを目的として2008年から開催してきた「海のサイエンスカフェ」の概要を紹介する。
何をどう伝えればよいのかを意識しながら行動できる海洋科学研究者を育てる場としても普及を願っている。

サイエンスカフェ

サイエンスカフェとは、研究者と一般参加者の間の双方向の対話を重視した科学コミュニケーション活動あるいはアウトリーチ活動の一つである。全国で開催されるサイエンスカフェの案内を掲載している(独)科学技術振興機構のウェブサイト「サイエンスポータル」※1では、「科学技術の分野で従来から行われている講演会・シンポジウムとは異なり、科学の専門家と一般の方々が、喫茶店など身近な場所でコーヒーを飲みながら、科学について気軽に語り合う場をつくろうという試みである」と、紹介されている。
2003年に発足した日本海洋学会教育問題研究会※2では、初等中等教育および高等教育における海洋の教育、ならびに一般国民を対象とした海洋の教育、海洋に関する知識の普及等を図るための手段を検討し実施することを目的として、中・高校理科教育への「提言」、一般向け書籍の出版、ウェブ教材の作成、各種体験学習の実施・支援活動などを行っている。その一環として、2008年春から、日本海洋学会の春季大会および秋季大会の開催時に、「学会員が高校生から大人までの一般人と海洋学の最新の研究成果について、双方向で話し合うことを通して、多くの人々が海との関係を身近に感じる方法を探し出す」ことを目的として「海のサイエンスカフェ」を開催してきた。

これまでの「海のサイエンスカフェ」

2008年、2009年、2010年の春に品川の喫茶店の一角で開催した3回の「海のサイエンスカフェ」では、「地球温暖化と海」をメインテーマに、約30分間の話題提供の後、一般参加者は5人程度の小グループに分かれて、教育問題研究会会員とともに海についての種々のことを話し合った。話題提供を、海洋学会岡田賞(36歳未満の海洋学会会員で、海洋学において顕著な学術業績を挙げた者に授与される)を最近受賞した若手海洋学会員に依頼した。幸い、一般の人と自分の研究について身近に対話することから得たところが多かったようで、話題を提供していただいた若手研究者は、その後、教育問題研究会に入会して、積極的に活動されている。
日本海洋学会秋季大会に合わせて開催した2008年秋の広島、2009年秋の京都での「海のサイエンスカフェ」では、地元でサイエンスカフェ活動を行っている団体との交流を深めることを基本に、地元団体が運営を担当し、教育問題研究会担当者が支援するという形式で開催した。地元団体としては、これまで交流がなかった海洋科学研究者とのつながりができたこと、教育問題研究会にとっては、経験豊かな地元団体の優れた運営ぶりを体験できたことが、大きな成果であった。2010年秋の網走での「海のサイエンスカフェ」では、地元団体との交流は実現できなかったが、大会実行委員会の協力を得て開催し、地元の高校教員や海洋関連観光施設(オホーツク・ガリンコタワー(株))職員の方々と交流ができた。

2011年3月の「海のサイエンスカフェ」


■海のサイエンスカフェ(2011年3月)

東日本大震災の発生とその後の情勢を受けて、急遽、「東北関東大震災にかかわる海洋の科学を考える」と題する、これまでの6回とは異なる「海のサイエンスカフェ」を3月27日に品川の喫茶店で開催した。その開催を告知したウェブサイトには、「東北関東大震災と福島原子力発電所事故と海とのかかわりについて解説するとともに、海洋学研究に携わる者と一般の方々との間で、海洋学研究を含む科学研究や、海洋リテラシーを含む科学リテラシーの普及・教育活動の今後のあり方について意見交換を行う。海洋学会員と一般参加者が、今回の事態を契機に抱いた色々な思いを語り合い、ぶつけ合う場としたい」という開催趣旨を記した。
最終的に内容が確定し、ウェブサイト他で告知したのが3月18日であったにもかかわらず、開催前日の26日午後には、教育問題研究会員を含めた参加予定者数が予定定員の25名に達するという、これまでにない大きな反響があり、当日の参加者総数は27名であった。参加した8名の教育問題研究会員の中でも、支援者として参加するのが初めてという会員が3名おり、一般海洋学会員2名も加わり、研究者側にも、一般の人と語り合いたいという欲求が強かったことを示していた。一般参加者は、科学コミュニケーション活動の関係者、高校生とその両親、小学校教諭、海洋調査会社員など多彩な、男性8名、女性9名であった。11時から、趣旨説明と参加者全員による今の関心事を含めた自己紹介を行い、その後、筆者を含めた研究会会員3名が、「福島原発周辺海域モニタリング結果と海流状況」「沿岸ー外洋域における放射性核種の挙動」「平塚沖海洋観測塔における津波記録」の説明を、質疑応答を交えて行った。11時50分から12時50分まで、各参加者の希望に沿って、福島原発事故(8名)、海洋科学(7名)、地震・津波(6名)、科学と社会(6名)の小グループに分かれて、海洋学会員と一般参加者が語り合った。その後、各グループでの議論の内容を全体に紹介し、13時過ぎに終了した。

海洋の知識を伝えるために

大震災直後の3月27日に「海のサイエンスカフェ」を開催した動機の一つに、地震、津波による自然災害を防止できなかったことと原発事故発生を契機として、国民の間に科学への不信が高まっているのではないかという危惧があった。科学技術の粋を極めたはずの原発で重大な事故が発生したことに対する研究者の国民への対処を誤れば、国民の科学技術に対する支持を完全に失うことになる。原発事故状況についてのテレビでの研究者での説明、解説や記者会見を見て、国民の理解を得ることに成功しているとは思えない場面が多々あった。
「海のサイエンスカフェ」は、海洋に関する知識を国民に普及する場のみならず、国民が何を知りたがっているのか、国民に何をどう伝えればよいのか、ということを意識しながら行動できる海洋科学研究者が育つ場としても意義があると思う。今後、この種の活動が全国各地で普及することを願っている。(了)

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