Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第258号(2011.05.05発行)

第258号(2011.05.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男

◆東日本大震災からの復興に向けた動きが陸海空の全面で活発化してきた。しかしこれに水をさすように大きな余震が頻発している。加えて、福島第一原子力発電所から大気中に放出された放射性物質が一部地域に降下して土壌を汚染し、海洋に放出された汚染水については海のチェルノブイリ化の危険性まで喧伝される事態になっている。一刻も早く原発震災に鎮静化の目途がつき、復興活動が加速することを願うばかりである。現場で日夜苦闘されている多くの方々に深い謝意と敬意を表したい。戦後が長く続いたように、東日本大震災はこれから数十年にわたって、わが国の社会経済のみならず精神世界にも深い影響を及ぼし続けるであろう。私たちひとりひとりがそれぞれの立場で可能なことを持続的に行ってゆきたい。
◆東日本大震災は科学者の世界にも大きな影響を与えている。原子核研究の専門家、大気化学や海洋学の専門家による陸海空の総合的な放射線量調査計画が草の根から立ちあがりつつある。こうした直接的な貢献策だけでなく、科学技術と社会の関係についてもさまざまな議論が興っている。不確実性を包含する自然科学と日々の生活と直に結び付く工学との関係は都市の設計においてもエネルギー問題の帰趨を決めるにあたっても重要であり、議論を深めなければならない。特に持続可能な社会の構想は時間スケールに依存することにもっと着目すべきである。十年スケールで考えるのか、百年スケールなのか、もっと長く千年スケールで考えるのかということである。持続する社会は一方でビジネスモデルでもなければならない。では経済効率をどのレベルに設定すべきなのか。いずれも難しい問題である。このような一般的な課題だけでなく、わが国にとりわけ目立つ弊害、すなわち専門家、実務家の意見を受け止めることを難しくしてきた硬直化した社会構造についても議論を深める必要がある。これからは現実の問題を本当に知る人々が前面に出なければならない。今回の大震災がこうしたソフト面での脆弱性を変革する契機になるならば、新しい社会の形成に向けた力強い一歩になるであろう。
◆今号は大震災関係のオピニオンを二題揃えた。まず秋道智彌編集代表が甚大な被害を被った三陸地方の大槌町(本誌134号参照)を再訪し、現場の海に生きる人々の未来構築に向けた強い精神性を熱く語る。町長はじめ多くの職員の方々が職務中に亡くなられた大槌町、しかしその哀しみに打ちひしがれてはいない。大津波に耐えた蓬莱島の弁財天は復興に向けて、地域の未来を照らす光である。來生 新編集委員は復興に向けたオピニオン第二弾として、漁業の第六次産業化と内水面漁業権の半閉鎖海域への拡大を提案する。沿岸域の総合的管理の成功はステークホルダー意識が国民の間に浸透するかどうかにかかっていると言えるのではないだろうか。大路樹生氏には(独)海洋研究開発機構の無人潜水艇「かいこう」のビデオ映像に基づき、海溝の超深海に生息する生命体ウミユリを紹介していただいた。今回の有史以来ともいうべき巨大な事件はこの生態系にも深刻な打撃を与えたに違いない。しかし地質学的年代を生き延びてきたこの生命体もおそらく逞しく蘇ることであろう。(山形)

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