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オーシャンニュースレター

第257号(2011.04.20発行)

第257号(2011.04.20 発行)

「日本」を活かす、海事版資源管理への提言

[KEYWORDS] 資源管理/コミュニケーション/BRM
(株)アルティスタ人材開発研究所代表◆玄間千映子

資源管理(リソース・マネジメント)において「人」は最もマネジメントの難しい資源であり、海事においても、資源としての「人」のマネジメントは重大な問題となっている。
「注意力」「観察力」をキーワードとしてこれを進めることが日本人の特性に見合った管理方法だと考える。

資源としての「人」

資源管理(リソース・マネジメント)とは、持てる資源を駆使して最大効果を上げることを意味するが、その構成は「人・もの・金」の3つが基本とされている。「もの」には資材もあれば道具や機器類も含まれるが、もちろん、それらを駆使して最大効果を引き出す、その指揮棒を振るのは他でもない「人」だ。
ところで、その「人」の解釈が経営とマネジメントでは違いがある。経営は「人」を人物次第として眺めるが、マネジメントは価値を生む存在として、能力と意欲を眺めている。似て非なる所は、経営は「結果は受け取るもの」、マネジメントは「結果は求めるもの」とするところ。相手任せにはしないところが、違う。ここでいう資源管理がマネジメントであるならば、「人」の扱いは当然、後者となる。

ITと人間の協働

その「人」という資源が人的災害という形となって、昨今、あちらこちらの作業現場で火を噴いている。ところで、それを船の世界で考えれば、海上で孤立無援になりやすい船の世界では、その重大性は甚大でBRM※の充実が昨今、求められてもいる。
その背景に、ITの登場でそれまでの機器類の性格の一変に「人」の管理手法が追いついていない事があるように思う。「どのように・どこまで・何を・してくれるのか」。従来は、このプロセスの一つひとつに機器類が存在していた。ある現象を「どのように」扱っているかを確認するタイミングを機器の一つひとつから、物理的に「人」は確保することが可能であった。物理的に可能であったので、それへの対応の状態を仲間同士で相互にコミュニケーションを取りながら確認し合うことも容易であったし、その必要性も存在していた。いうなれば、指さし呼称というような「行為」を媒介とした管理でも事足りていた。しかし、IT機器類の登場は「どのように・どこまで・何を・してくれるのか」のプロセスを飛ばし、その結果だけを「人」に提供するという主客逆転の構図に塗り替えた。「人」の指揮下から、「もの」がすべり抜けてしまったのである。そうなると、以前のような相互確認やコミュニケーションの希薄化も免れえない現象として浮上する。
IT機器類に「行為」を委ねつつあるとはいうものの、機器類だけの自動運航ができるわけでもないならば、その機器類の相互連携のところに「人」が指揮棒を振る位置がある。意欲とは、指揮棒を振りたいという気持ちである。本来、「人」とは、意欲を備えた存在であるはずだ。IT機器類の登場によって「人」の指揮棒を振る範囲は、単なる機器類への「行為」に留まらず、IT機器類間の相互連携も含めた安全運航という最終目的への「注意力」へと、実は拡大しているのである。

文化によって異なる課題

「行為」から「注意力」へと管理対象を移したいとは思うものの、「注意力」の状態とは視認しにくい。そこで、その橋渡しとしてコミュニケーションの充実が求められている。ところで、その狙いが「一つの目的にむかって、心を一つに」とするならば、この日本では「場」の気配を織り込んで話をするということをする。とするならば、八百万(やおよろず)を是とするこの日本では「一つの目的にむかって」が不得手だが、案外「心を一つに」は得意ではないのかと。一方、個人主義を是とする欧米では「心を一つに」が不得手というように、コミュニケーションの充実にあたって抱えている課題がそれぞれ違うようである。前者はゴールが何かを鮮明に認識させる仕組みであり、後者はコミュニケーション技量の鍛えというように、組織の求める結果に至るアプローチは違ってくる。とはいえ、資源管理であるから、結果は求めていかねばならない。船上は、今や小さな国際社会と化している。
異なる課題を抱えた資源から、組織の求める結果を引き出すにはどうするか。その方法として、世界で一般的に行われている資源管理の仕組みを覗いてみることにする。

勤務状態を文書で管理する

その仕組みとは、任務内容を記した文書で能力・意欲の勤務管理を行うこと。利点はなんといっても、任務内容の文書化は任務に伴う目的を鮮明に認識させ、日本の不得手な「一つの目的」に向かわせることを補うこと、在宅や船上という本部との距離に拘束されずに「組織の求める」勤務管理を可能にする点にある。
航海士を例に、文書で勤務が管理されている様子を再現してみよう。「港に近づいたときには必ず、双眼鏡で他船の動きを把握する」を管理したい場合には、『港の○km範囲は、必ず双眼鏡で他船の動きを把握する』と文書に記せばよい。GPS等の発達している今日では、港からの「○km範囲」は案外正確に決められる。雇用関係上の職務任務となっている任務文書を持たされた航海士は、「港の○km範囲は、双眼鏡で他船の動きを把握する」という行為は必ず行うことになる。なぜなら、船長が航海士の船上における勤務管理に使うから。
内容はともかく、本社の管理目線を遠隔地に及ばせるには任務内容を記した文書に基づいた管理をする仕組みがあれば可能だ、ということはお判りいただけると思う。ところが、こうした管理では満足しないのが、日本人。港内の混雑度などは、範囲で決められるものではないし、第一、船上という閉じられた空間における勤務状態は、結局は自己申告以外の方法はないではないか、と。遠隔地の勤務管理に本部の目が届くなどというのは理想論と一笑に付すのが大方だ。文書で「注意力」というものは、管理はできない。そう、思うから日本では文書による勤務管理には関心が薄い。
しかし、この組織と「目線を容易に一にする」という機能は捨て難い。

「日本」を活かす

そこで、その「注意力」というものを管理するための文書化研究を提言する。それには、行動心理学や行動科学に立った従来型のマニュアル等の文書類とは異なり、「注意力」というものの文書化には心的辞書を活用した認知心理学や情報処理学に立ち、それらを駆使することで可能だと考える。ところで、こうした「注意力」「観察力」を管理するための文書化にあたっては、案外、世界の中でも日本人の能力が際だっているのではないか、と私は思う。なぜなら、できそこないの粗悪品とわび・さびという異形の美を備えた品の違いを見分ける力があるのも、日本語で思考することのできる心的辞書を備えているからできること。
「注意力」という情報は、極めて属人性が高く資質に直結する情報だ。ともすれば形骸化しがちな教育や訓練を、質的レベルへ引き上げることを可能にする。遠隔地における勤務報告の妥当性を、本社で検証可能にもするものだ。
昨今、取得資格の質的レベルのバラツキが世界的に表面化しているとも耳にする。であるならば、その場をよい状態にするために、能力・意欲の質的管理文書の原本を日本語の心的辞書の活用で作成するという役割が、国際社会の中で日本にあるのではないかと考える。(了)

※1 BRM=ブリッジ・リソース・マネージメント。船舶の安全運航のために、船橋(ブリッジ)で利用可能な人材、設備、情報などのリソース(資源)を適切に活用すること。2010年6月に改正されたSTCW条約において、BRMが強制要件となった。

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