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オーシャンニューズレター

第257号(2011.04.20発行)

第257号(2011.04.20 発行)

東日本大震災と総合的海洋管理の具体化~復興と沿岸域の総合的管理~

[KEYWORDS] 東日本大震災/海の市域への取込/地方交付税
横浜国立大学名誉教授、放送大学教授◆來生 新

東日本大震災からの復興においては沿岸域・海洋の総合的管理によるまちづくりが重要となる。これまで海は地方公共団体の区域には入ってないが、復興には地方公共団体が海を自らのものとして、まちづくりを行うことが必要となる。
地方交付税算定の基準を改革することによって、被害を受けた市町村の地先水面の沖合、一定距離までを市町村の面積に組み入れるべきことを提案する。

はじめに

2011年3月11日、午後2時46分、牡鹿半島東南東130km沖を震源地とする東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生した。この地震は、マグニチュード9という、わが国の観測史上例を見ない大規模なものであった。この地震によって引き起こされた津波は、東北地方の太平洋岸を中心に、いまだにその総数すら確定していないが二万七千人を超えるといわれる尊い人命を、一瞬にして奪い去った。
この大震災で被害を受けた方々に心からのお悔やみとお見舞いを申し上げたい。このような時期にあたり本稿は、今後国をあげての災害からの復興の中核に、「沿岸域・海洋の『総合的管理』」によるまちづくり、国造りを据えることの重要性をひろく訴えることを意図するものである。本稿では(1)として災害復興と沿岸域の総合管理の問題を取り上げ、次号以降に回を分けて(2)で復興に関連する漁業の再建と漁業権について、(3)で排他的経済水域および大陸棚における総合的管理の問題の新たな提案を行う。

震災復興の特例措置としての市町村面積の海への拡大と総合的管理


気仙沼市(2007年)

筆者は、将来にわたる復興まちづくりの基礎として、現行の地方交付税法の運用によって、震災被害を受けた市町村の地先水面の沖合、一定距離までを市町村の面積に組み入れるべきことを提案する。一般的にはこれまで海は地方公共団体の区域には入っておらず、いくつか例外はあるものの地方交付税の算定基礎にも含まれていない。地方公共団体が、海を自らのものとして、まちづくりの中心に据えることが難しかった理由の一つはここにある。
このたびの災害の復興には、13兆~20兆円に上るといわれる※1巨額の公的資金が必要と試算されている。その一部は地方交付税である。地方交付税法は、第12条1項の表中の市町村に係る第六節総務費第3款地域振興費の測定単位として、人口と面積を規定している。
今回の大津波で多数の死亡者が出たことにより、急激な人口減に見舞われる市町村も少なくない。このような市町村にとって、地先水面の海の一定部分が市町村域として算定されることにより、大量の人口減を相殺し、その増額も継続的に可能とする措置を取ることの意義は大きい。単に収入面だけではなく、今後の市町村の再建のための行政課題が、海とのかかわりの抜本的見直しであることからも、この措置は欠かせない。
自治体自体の消滅すら危惧される今回の大震災からの復興を、地方が自らの力で検討するときに、それぞれの地方公共団体が、再建の経済的原動力であり、同時に防災施設の再設置を必要とする海をどのように位置づけるか、いずれの地方公共団体にしてもこの問題を回避することはできない。海における自然災害の防止と、地域の経済活動と、良好な環境の確保をいかにバランスさせ、陸域における再建計画と一体化させる復興計画が必要とされている。それが被災地域における沿岸域の総合的管理そのものに他ならない。そして、それぞれの地方公共団体における、住民の海に関連する意思の集約と調整と価値判断の政治的な過程に他ならない。その実現には強力なリーダーシップが不可欠である。関東大震災の帝都復興院総裁であった後藤新平は、欧米最新の都市計画を採用して、わが国にふさわしい新都を造成するとの強い意思を持って復興に臨んだ。各地方自治体の首長は後藤に学び、強いリーダーシップの下での新たな地域づくりが求められている。
その手段の一つとして、地先の海を市域として算定しなおすことの意義と効果は大きい。

漁港の再整備の見通しと漁業の維持の可能性

とりあえずの復旧が終了した段階で、国による今回の被害を前提にした海岸、港湾、漁港等の防災施設の基準の見直しが行われよう。いずれにせよ厳しさを増す一方の財政事情の中で、その結果とそれによる投資額の増加に各自治体のまちづくりの根幹が規定される。
国による投資の能力の限界により、伝統的な集落を単純に復活することが不可能となる可能性は高い。中でも、漁業の生産基地としての漁港整備を今後どのように実施するかは、大きな国家的課題となり、同時に各地域の総合的管理の中心的課題となる。
現在、わが国全体で漁業人口が急激に減少しつつあり、高齢化が進み、漁業生産も落ち込んでいる※2。平成8年度には、会計検査院が、漁港修築事業により造成した漁港施設用地等の利用および管理について、事業効果が発現していないことを指摘した。防災施設基準の見直しの結果如何では、整備に必要な投資額は増大し、厳しい財政制約の中で、国としての漁港投資の場所は集約されざるを得なくなる。整備された漁港がなければ、安定的な第6次産業として営める効率的な漁業は行えない。
概数で言えば、わが国の海岸線3万5千kmには3千の漁港と、その背後に5千の漁村がある。これまで国は、漁港の区域内にある約6,300km(全海岸の約20%)の海岸の保全を行い、これら海岸背後の漁業集落を、津波・高潮などの海岸災害から防護しつつ、環境・利用とも調和をとりながら海岸の整備を進めてきた※3。今後、海岸線の約12.1kmごとに漁港が、5.6kmごとに漁村が、一つずつ存在する現状を、そのまま維持することは不可能であろう。
このような情勢の中で、生き残った漁業従事者の移動、転職の可能性を見据えて、各自治体がそれぞれの自治体の将来計画の中で、漁港・漁業をどのように位置づけ、それとの関連で復興投資をどのように配分するのか、多くの自治体にとってこの問題が政治的意思決定の主要課題となるであろう。
分散した集落ごとに小さな漁港があることを前提にしてきた生活の基本構造が大きく変わり、漁港の集約がもたらす生活基盤の再編成に伴って生ずる経済的・社会的課題にどう取り組むのか。地域の将来をかけた沿岸域の総合的な管理への課題は大きく、重い。しかし、いずれにしてもそれに取り組まねば、被災地方公共団体に明日はない。今こそ日本国の総力あげて、災いを転じて福とするための英知の結集と努力と決断が必要だと考える。(了)

※1 林 敏彦「復興へ法的制約を見直せ」日本経済新聞2011年3月21日 経済教室
※2 漁業生産量のピークは昭和59年、生産額のピークは57年で、それぞれ1,282万トン、2兆9,772億円、昭和58年の漁業就業人口510,730人であったのに対し、平成20年度は559万トン、1兆6,275億円、21年度就業者数211,810人である。就業者については、政府統計の総合窓口、生産量については平成21年度水産白書による。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001068006
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h21/pdf/g_2.pdf
※3 水産庁HP参照

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