Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第257号( 2011.04.20 発行)
第257号(2011.04.20 発行)

資源変動と海洋生態系~マイワシを例に~

[KEYWORDS] 魚種交替/レジームシフト/低次生態系
(独)水産総合研究センター 本部研究推進部研究主幹◆中田 薫

変動幅が大きいために、マイワシ資源変動は生態系にも地域経済にも大きく影響してきた。久々にマイワシ資源増加の兆候が見られる中、マイワシをはじめとする多獲性浮魚類を適切に利用するために、加入量予測精度向上や資源変動予測技術の開発が期待されている。
そのためにも資源と海洋環境のモニタリングを維持し、そこで観察される現象のメカニズムの理解を深めておく必要がある。

マイワシ資源変動

マイワシ、マサバなどの多獲性浮魚類の中で、優占種が数十年周期で入れ替わる現象があり、「魚種交替」と呼んでいる(図1)。これらの種のほとんどは、漁獲量が多く、その変動が国民生活に大きく影響するために、毎年、国が漁獲可能量(TAC:Total Allowable Catch)を設定して漁業管理を行っている。しかし、その資源変動が冬季の産卵海域周辺の海況や気候に大きく影響を受けることが指摘され、魚種交替のメカニズムの理解を深め、加入量予測の精度向上をはかることが期待されている。
マイワシの漁獲量の変動は多獲性浮魚類の中でもとりわけ大きく、20世紀後半では、1970年代初頭から急激に増加し、1980年代半ばにピークに達して400万トンを越え、日本周辺の沿岸と沖合の総漁獲量の4割以上を占めるに至った。しかし、マイワシ資源の1才まで生き残る率が極端に悪化した期間が1988年から4年間続き、漁獲量が急減した。2000年代には10万トンを切る水準で推移している。
マイワシ資源のピーク時には、フィッシュミール需要と相まって漁船の大型化が進んだ。そして、その後のマイワシ資源の減少は、漁獲能力の過剰によって1992年と1996年に発生したマサバ卓越年級群に強い漁獲圧が加えられる要因となると同時に、多くのミール工場の廃業へとつながった。マイワシ資源変動は海洋生態系だけでなく地域経済にも大きく影響したことになる。

レジームシフトとマイワシ、生態系


■図1:多獲性浮魚類の漁獲量の変化


■図2:プランクトン試料採集地点

魚種交替やマイワシの資源変動の根底にあるメカニズムとして、水温や気候が数十年周期で急激に変化するレジームシフトと呼ばれる現象が重要であると広く認識されている。20世紀後半では、1957/58、1970/71、1976/77年に全球規模で、また1980年代末にも北太平洋規模で水温変化が見られ、これらの年にレジームシフトが発生したと指摘されている。マイワシ資源が1歳まで生き残る率は、黒潮や黒潮続流域の冬季の表面水温が低い年に高くなる傾向がある。だが、1980年代末のレジームシフト時に見られたこれら海域の水温変化は、マイワシにとって致死的とは言いがたい1℃程度の上昇であった。
水温は、魚の生理・生態に直接影響するが、生態系の中の食う食われるの関係を通じて伝播する影響もある。冬季の表面水温は冬季の表層の混合層の厚さの指標であり、その変化に伴って下層から光合成が起こる表層へ添加される栄養塩の量や植物プランクトンが受ける光量が変化する。これらの変化は、春季の植物プランクトンのブルーミングのタイミングとその生産量、そして植物プランクトンの組成に影響する。黒潮およびその周辺海域でも冬季の鉛直混合が大きい年には植物プランクトンのブルーミングの開始時期は幾分遅れるが、ブルーミング期間中の生産量は大きくなることがシミュレーションモデルで確かめられている。
マイワシ仔稚魚期の主要餌料生物は、カイアシ類と呼ばれる甲殻類プランクトンあるいはその幼生である。カイアシ類の現存量は、餌となる植物プランクトンと栄養段階で上位のマイワシなどの捕食者の影響を受けて変化する。2~3月の黒潮周辺海域のカイアシ類現存量は1970年代、とりわけマイワシ資源の増加が開始したその前半に多い傾向があった(図2)。1970年代半ばに見られたレジームシフトに伴って冬季水温が低下し、表層への栄養塩の添加量は増加したと考えられるが、マイワシ資源が高水準化した1980年代にはカイアシ類現存量はしばしば低い値をとるようになった。マイワシ資源量が多い中で、1980年代末には冬季水温が上昇して表層への栄養塩添加量が減少したと考えられ、黒潮や黒潮続流域のカイアシ類現存量は最も低い水準を示すようになった。しかし、その後マイワシが減少すると徐々に増加し、2000年代前後からカイアシ類現存量は再び1970年代と同水準にまで達している。ただし、水温、餌、マイワシの長期変動の関係は、現存量の突き合わせだけでなく、生態系モデル等を用いて定量的に評価しておく必要がある。


■黒潮内側域(a)および黒潮域(b)における2月のカイアシ類現存量の経年変動
(資料:水産総合研究センター 市川忠史氏提供)

マイワシ資源と生態系変動の監視と予測

魚種交替を予測し、変化に適切に対処できる技術の開発をめざして、農林水産省の委託プロジェクト「環境変動に伴う海洋生物大発生の予測・制御技術の開発」が2006年度より5年間の計画で実施されている(研究推進リーダー;(独)水産総合研究センター齋藤宏明室長)。この研究により、北太平洋の中央部でおこった風の変化が数年かけて黒潮続流域に伝わり、これがマイワシ資源変動と関係するこの海域の物理環境を変化させることが明らかになった。物理環境の変化は低次生態系構造への影響を通じてマイワシの生残に影響すると考えられている。このことは、太平洋中央部で起こる変化とその後の伝達過程を人工衛星等で監視することで、マイワシの資源変動を数年前に予測できる可能性を示している。同時に卓上型ビデオプランクトンレコーダーシステムなど資源変動の鍵となる海域の餌料環境を迅速に把握できる機器の開発と導入、海況予測モデルや日本周辺の浮魚類の餌料環境予測へとつながる低次生態系モデルの開発も進みつつある。これらの手法を組み合わせ、資源と海洋環境のモニタリングを維持し、変動メカニズムの理解を深めておくことで加入量の予測精度向上やレジームシフトへの早期対応が可能になると期待される。
2000年代に入り、餌料プランクトン現存量が高水準化する中で、2008年生まれのマイワシ太平洋系群の生残の指標である再生産成功率(漁獲サイズへの加入尾数/親魚量)が非常に高かったことがわかってきた。さらに、2010年生まれのマイワシの生き残りもよいとの話が聞こえてくる。1970年代のようにマイワシ資源の大増殖へとつながるかどうか。マイワシ資源の増加を、漁業者ばかりでなく研究者も千載一遇の増加メカニズム解明のチャンスと見守っている。(了)

ページトップ