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第255号(2011.03.20発行)

第255号(2011.03.20 発行)

明治丸海事ミュージアム構想について

[KEYWORDS] 小笠原諸島/海の日/係留練習船
東京海洋大学理事・副学長◆今津隼馬

「明治丸」は、重要文化財に指定されている唯一の船です。この明治丸が今、危篤状態にあり、大掛りな修復を必要としています。
そこで海洋立国日本に貢献できる施設としての修復と活用を目指して、明治丸海事ミュージアム事業を立ち上げました。

明治丸の活躍


■明治丸(マスト等の一部が壊れた状態)


■御座所公室

明治政府は洋式燈台建設のために中古船を使っていましたが、燈台の増加にともない業務が繁忙になったことから、1873年(明治6年)工部大輔山尾庸三は、自身が造船技術を学んだ英国グラスゴーのネピア造船所に燈台巡視船の建造を発注しました。翌1874年11月に燈台巡視船「明治丸」は竣工しました。この船は、大型機関を備え、ロイヤルヨットの役目も兼ねた、当時としては高速で豪華な船です。船尾にあるサロンの左右両側には船室があり、その壁面は金泥の額縁付き縦型鎧張り、さらにその上部欄間には金泥塗りの彫刻、壁面に立つ柱の頭部には若草模様が描かれ、柱頭にはサロンと船室の両方を照明できるように半円筒形のガラス蓋が付いています。船尾側には優雅な半円形のソファー、重厚なマホガニーのテーブル、綺麗な飾りと時計を取り付けた鏡、大理石のカップボードがあります。サロンの右舷前部に明治天皇陛下が御使用になった御座所があり、公室、ベッドルーム、バスルームの三室続きとなっています。御座所の前は階段室となっていて、階段には消音のため鉛板が張られ、階段室の壁面には玉杢(たまもく)文様が施されています。玉杢文様とは一旦仕上げた塗装の上に細筆で木目を描きその上にワニスを塗る塗装です。船尾部舷側には気品漂う21の外蓋付き角窓があります。
この明治丸は1875年から公務に就きましたが、その活躍には目を見張るものがあります。ここではその中から特筆すべき2つを紹介します。

(1)小笠原諸島領有
日本人が初めて小笠原に足跡を残したのは、1760年の紀州の蜜柑船漂着です。19世紀には米英の捕鯨船が立ち寄るようになりました。明治になってから米英の間で領有権問題がくすぶり、1875年に英国が軍艦を派遣することを知った明治政府は、急遽、明治丸を使って調査団を派遣しました。新鋭船で船足が速い明治丸は、英国軍艦カーリュー号よりも2日早く到着し、島民との話し合いにより、島民は日本国籍を取得することとなりました。これに米英等は異議を唱えず、翌1876年に日本の領有権が国際的に確定しました。現在、この小笠原諸島の周りには大変広い排他的経済水域(EEZ)が設定されていますが、明治丸はこれに大きく貢献したことになります。

(2)海の日
1876年の東北・北海道御巡幸に際し、明治天皇陛下は7月16日に青森から函館まで明治丸に乗船されました。その夜の函館港での、在港艦船が燈火を点じて御巡幸を奉祝した様子が錦絵として残されております。天皇陛下は再び明治丸に乗船され、18日に函館を出港、7月20日に横浜港に安着されました。これを記念して1941年に「海の記念日」が制定され、1996年からは、この日が国民の祝日「海の日」となりました。

明治丸海事ミュージアム構想

明治丸は、1896年に商船学校(東京海洋大学の前身)に譲渡され、終戦までの50余年、係留練習船として使用され、5,000人ほどの海の若人を育成しました。そして1978年に、わが国に現存する唯一の鉄船で造船技術史上も貴重な存在として、船として初めて、国の重要文化財に指定されました。1988年には保存修理工事が完了しました。また、2009年には近代化産業遺産指定を受けました。


■明治丸周辺整備

しかしながら、修復から20年以上の歳月が立ち、多数のボランティアによる保全作業にもかかわらず、再び大規模な修復が必要な状況となりました。今、形あるうちに明治丸を修復しないと、貴重な重要文化財が失われ、後世に禍根を残すこととなりかねません。大学としては、単に修復するのではなく、"社会的意義のある施設"を目指し、後援会、東京都、江東区、商店振興会その他NPO法人の方々に御協力頂き、明治丸周辺整備計画を検討しました。その結果、海を目指す若者の育成に資するとともに、海洋立国日本における海事の歴史を記録し、先端の海事文化を学ぶ「学びの場」、海事社会および地域に開かれた大学としての「交流の場」を創出する"ミュージアム・キャンパス"構想が打ち出されました。これを受けて「明治丸海事ミュージアム事業」を起こすことにしました。ここでは、大学所蔵の重要文化財・明治丸と、その側にある百周年記念資料館で構成する「明治丸海事ミュージアム」を修復・整備して、海事に関心のある方々が自由に参集できる場を創出します。このために、(1)明治丸の修復および維持管理、(2)百周年記念資料館の整備および資料収集、(3)明治丸の周辺環境整備、(4)海事技術資料の編纂、(5)明治丸の歴史と文化の発信と交流活動への支援、(6)明治丸海事ミュージアム事業に係る募金活動、の6つの事業を掲げました。
この中でまず行わねばならない事業が、「(6)明治丸海事ミュージアム事業に係る募金活動」です。明治丸の修復と周辺整備計画の実現には多額の費用がかかります。そこで現在、平成24年3月を目処に募金活動を行っております。
また、ミュージアム活動の中の「(5)明治丸の歴史と文化の発信と交流活動への支援」として、明治丸のある越中島キャンパスにおいて、この6月1日から7月18日まで、土日祝日も含め、明治丸特別展示「明治丸の航跡を求めて」(無料)を行います。明治丸海事ミュージアムを通して、新たな海洋立国としてのわが国の未来について考えていただければ幸甚です。是非お気軽にお立ち寄り下さい。(了)

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