Ocean Newsletter
第254号(2011.03.05発行)
- 財団法人神戸港埠頭公社理事長◆片桐正彦
- 海洋政策研究財団客員研究員、韓国 東義大学 流通管理学科副教授◆具 京模(グキョンモ)
- 海洋ジャーナリスト、日本レクリエーショナルカヌー協会理事◆内田正洋
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
シーカヤックがもたらす海洋国家への道
[KEYWORDS] シーカヤック/海洋レクリエーション/沿岸域海洋ジャーナリスト、日本レクリエーショナルカヌー協会理事◆内田正洋
シーカヤックの旅を経験することで、人は、海と陸とのつながりを体験的に知り、そのつながりを深く理解するようになることで、普段の生活では持ち得ない「海からの視点」というものが養われていく。
これからの海洋教育や海洋レクリエーションの普及のためには、シーカヤックを学校教育や社会教育に取り入れるべきと考える。
シーカヤックとは
シーカヤックと呼ばれる小さな手漕ぎの舟がある。近年、日本でもかなり普及してきたので、聞いたり、見かけたことがある人も多くいることだろう。1人乗りか2人乗りの小舟で、海でのレクリエーションやスポーツとして年々周知が進んでいる。
シーカヤック(Sea Kayak)という言葉は、1970年代に北アメリカで生まれた造語だ。意味はまさに海のカヤック。当時のカヤックといえば、川や静水で行なう競技スポーツに使われる舟のことだった。そんなカヤックを、海という環境に適応するよう(Seaworthness)作ったのが始まり。そんな一連のカヤックは、競技用ではなく海を旅するための道具として生み出されたため、競技カヤックと区別できるようシーカヤックと呼ばれるようになった。
1980年代から90年代にかけ、シーカヤックは北アメリカで爆発的に普及した道具である。北アメリカでは、ツーリングカヤックとも呼ばれる。日本で普及が始まったのは87年のこと。日本においても年々普及が進んでおり、相当な拡がりを見せている。海に適応するシーカヤックだが、その生い立ちは、カヤック本来の歴史を紐解いたことから始まった。伝統的なカヤックは、極北地方に暮らしてきた民族によって、少なくとも2000年前頃から海で使用されていた痕跡があると考古学では言われている。研究者の中には、5000年前から存在していたとしてもおかしくないと唱える人もいる。
カヤックは、海における漁猟(狩猟や漁撈)のための小舟であり、木の骨組みに海獣の皮革を張って縫い合わせた構造を持っていた。いわゆる皮舟である。それを人が操ることで、あたかも海の動物のような構造体となる。日本の北隣りに暮らしていたカヤックを自在に操る民族は、まるで海洋哺乳類の生態系の一部に入るような存在だった。
そんなカヤックを、プラスチックなど現代の素材でリメイクし始めたのがシーカヤックである。しかもシーカヤックは、漁猟ではなく海を旅することを目的にしている点が特徴だ。
海を旅する
シーカヤックによる海旅(Sea Kayaking)は、肉体が動力であり、計器もほとんど使用しない航海であるため、海という環境に人を必然的に近づけることになる。伝統カヤック同様、人を海の動物のような存在にしてしまうのである。シーカヤックで長い旅をすればするほど、人は海の動物に近づいているような感覚になる。そんな旅を経験した人たちが、シーカヤックの普及を推し進めていった。
シーカヤックの旅は、基本的には沿岸域(Coastal Zone)をフィールドにする。沿岸域とは、沿岸の陸域と海域の利用と保全を一体に進める必要から生み出された空間概念のことである。海と陸の狭間にあるすべての環境を意味している。
沿岸の海を手漕ぎで進み、上陸して夜を過ごす。シーカヤックの旅は、沿岸の海と陸とを行き来しながら完遂していく。したがって、沿岸域の環境を必然的に理解していくことになる。そんな行動の裏側にある価値観が、北アメリカで爆発的な人気を博すことにつながっていった。シーカヤックの旅は、海のバックパッキングと呼ばれ、特に北アメリカの主要な産業、文化であるアウトドアの本流の一角を担っている。
シーカヤックの旅を経験することで、人は、海と陸とのつながりを体験的に知るようになり、知識とも相まって、そのつながりを深く理解することになる。そうして、普段の生活では持ち得ない「海からの視点」というものが養われていく。海の上に座っているかのようなポジションで漕ぎ進むため、ゆったりと沿岸域の環境を観察しているのだ。機械音がしないため、海の生物にもインパクトが少ない。ホエールウォッチングに使用されることもあるが、鯨の方がシーカヤックウォッチングに来るかのような状況まで生まれるほどである。

■シーカヤックで海を旅すると、海の動物に近づいているような感覚になる。

海洋レクリエーションの普及
2007年に海洋基本法が成立し、ようやく日本は海洋国家としての体裁を整えることができた。この基本法は、議員立法であり、国民の代表たちが、今後の日本が海洋国家としてどう有り得るかを、文字にしたものだと解釈している。とはいえ、この法律が制定されたことを知る国民はまだまだ少ない。それは何より、国民全体の、海に対する関心の希薄さが原因であろう。
今や日本の海へと実際に出ている人の数は激減している。漁業に従事する人は20万人足らずと言われ、船員に到っては3千人弱しかいない。1億2,000万人もの日本人がいるにもかかわらず、日常的に海に出ている日本人は、ほとんどいないということだ。
そんな中、シーカヤックを経験し、理解する人々が、それこそ日々増えている。海へ出ている人々の中で、唯一増えているのがシーカヤックを漕ぐ人たち。つまりシーカヤックという道具が、新しい観点で海へ出る人を増やしている。経験者の総数は、すでに漁業従事者を超えたと思えるほどだ。
海洋基本法の成立で、国は国民に対し、海洋教育や海洋レクリエーションの普及のために必要な措置を講ずることになった。そんな状況になったからこそ、現実として海に出る手段としてシーカヤックの普及やシーカヤック産業の振興を、国は積極的に行なう必要があると感じている。それがもっとも近道であるとも感じる。
シーカヤックを学校教育や社会教育に取り入れ、海を旅する日本人が増えることで、海洋国家を担う人材が育っていくことは間違いない。3年前から東京海洋大学では、シーカヤックを使った水圏環境(海洋)リテラシー学の実習※が行われている。そんな動きを加速させることが、 日本を海洋国家へと導く道だと、僕は信じている。(了)
第254号(2011.03.05発行)のその他の記事
- 神戸港埠頭公社の民営化と今後の港湾経営について 財団法人神戸港埠頭公社理事長◆片桐正彦
- 日中韓の近海物流市場の発展を目指す政策協調について 海洋政策研究財団客員研究員、韓国 東義大学 流通管理学科副教授◆具 京模(グキョンモ)
- シーカヤックがもたらす海洋国家への道 海洋ジャーナリスト、日本レクリエーショナルカヌー協会理事◆内田正洋
- 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男