Ocean Newsletter
第252号(2011.02.05発行)
- 東京海洋大学海洋政策文化学科准教授◆佐々木 剛
- (独)海洋研究開発機構客員研究員、東京大学特任教授◆鳥海光弘
- 東海大学名誉教授◆酒匂敏次
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
海洋国家日本の課題
[KEYWORDS] 海洋国家日本の存在感/海洋科学技術/海の歌東海大学名誉教授◆酒匂敏次
21世紀海洋をめぐっては、地球温暖化懸念への対応や海洋生態系の保全などの全人類規模の課題の解決も求められている。
日本の海洋科学技術などへの期待も大きいわけだが、環境、生態等の保護・保全等の活動に積極的に参加するなど、国際共同研究、共同観測等の事業の推進といった地球規模での気配りが重要になると考える。
海洋国家としての日本の特色
平成10年12月告示の小学校学習指導要領第6節〔音楽〕を見ると、共通教材の項に、第一学年の冒頭は、林柳波作詞の『うみ』、第六学年の最後は、文部省唱歌の『われは海の子』となっており、音楽教材としての海の位置づけは鮮明である。
海をテーマにした歌の日本での人気はいつも高く、数十曲以上のレパートリーを用意できる人はめずらしくない。加山雄三の『二人だけの海』、倉木麻衣の『冷たい海』等から、サザンオールスターズの『涙の海で抱かれたい』まで、日本人の歌の世界に「海」は欠かせない。海の幸は、島国日本の日常生活風景になくてはならないものだが、その島群は、南北数千キロに延び、オホーツク海、東シナ海など、きわめて個性的で多様な海にかこまれている。
近世ヨーロッパ列強が、通商、軍事に立脚した海洋国家として、主に植民地経営を通しての国富蓄積に成功していた時代に、鎖国政策をとって海に背を向けていた日本は、その後一転して海洋国家へと舵を切り、ついに20世紀後半、加工貿易、漁業および沿岸建設を主要な経済活動分野とする海洋国家として、国富の増強に成功する。歌、幸、富の三拍子がそろって、日本の海洋国家の花が開いたよい時代であった。
21世紀の海洋
19世紀後半、主として地理学的ニーズと海中世界への興味からスタートした海洋学研究は、20世紀後半にいたって、その探検的手法に加え、野外実験的手法を発達させるなどして、大型のフィールドサイエンスへと成長した。海は「ひろいな、おおきいな」という二次元のイメージから、宇宙発海底下に至る鉛直軸を加えた三次元のイメージへ、さらに海底に眠る過去の地球の記録解明による地球化学・生命圏の誕生進化の時間軸を加えた四次元のイメージへと変貌を遂げてきている。
他方、国連海洋法の発効など、海の秩序にかかわる国際的な合意と制度的な変化については、改めてここに取り上げるまでもないと思われるが、従来垣根も柵も存在しなかった海洋に線を引き、新たな国境を創り出しているかのごとき事態も起きている。科学・技術が海を広げ、深めたのに対し、政治・経済がそれを狭め、細分化していった半世紀であったのかなという総括をしてみたい誘惑を感じないわけにはいかないのである。もちろん、現在のグローバル化した経済と人口爆発に悩む21世紀世界にとって、新たな海の秩序は必要不可欠で、沿岸国の責任と権利を明確にすることによって新しい利用と管理の能力創出と責任意識の顕在化に貢献しているのは間違いない。
21世紀海洋をめぐっては、地球温暖化懸念への対応や、海洋生態系の保全、水、食料、鉱物・エネルギー資源等の確保などの全人類規模の課題の解決も求められており、また、増加する人口の沿岸域への移動集積はグローバル化した経済の当然の帰結ではあろうが、従来の大陸国家が、続々と海洋国家を目指す事態と裏腹の関係をうみだしているというのもこの時代の現実である。
日本の課題
■江ノ島から見た富士山
少なくとも日本列島に人類が住み着いて以来、海と日本人、あるいは日本文明との関係は切り離せないほどに密接なものであったはずで、海の歌は日本人の血液の中に溶け込み、海の幸は日本人の生活を支えて今日に至っている。ユーラシア大陸起源の先進文明から数多くの文物制度等を取り込み、島国脱却を図った時代もあったし、それはそれで日本社会を豊かにし、日本文明に世界の仲間入りを果たさせる上で役に立ったとして評価することができる。
20世紀後半の通商国家日本の成功物語は、このような背景のもとで実現したわけだが、直近の四半世紀の間に、この成功を可能にした条件の一部は失われ、また競争者の相次ぐ登場で、日本の独占的にも見えた優位性にもかげりが生まれてきている。グローバル経済の進展による沿岸開発の全地球的規模での爆発的拡大と、それに伴う環境の劣化、生態資源の減少、枯渇等の問題については、日本一国で解決策を見つけることは難しい。同様にして、多くの新興工業国等の参入や、従来大陸国家と位置付けられていた先進国、新興国の海洋シフト等による海運物流ルート移転等、またそれに伴う競争条件の変化等への対応も、日本一国でできることは多くない。
これらグローバル競争による質の高いサービスの提供や効率化、資源の過度にわたる利用等は、今後も続く可能性が大きい。日本が20世紀末に占めていた位置に近いところに、今後とも留まりたいという願望は理解できるが、必ずしも現実的ではないといってよいだろう。多国間協力の推進や、関連産業等における多国籍化などに、今以上の努力をすべき時ではないだろうか。
日本の海洋分野の科学技術の研究開発については、その水準、実績とも、従来から高く評価されてはきているが、近年、量、質ともに充実してきており、世界的にも注目されている。細分化、精緻化を特徴とする日本の科学技術の中で、最近、科学と技術の間、学会間、業界間等に存在してきた多くの壁を越えての学際的業際的な研究開発、コミュニケーションの活発化が顕著になってきている。今後、「海洋」という総合科学技術がさらに拡充強化され、国際共同研究、共同観測等の事業でも実力相応の寄与ができるようになれば、日本の海洋科学技術に対する世界の期待が今まで以上に高まり、研究者、プロジェクト、研究成果の間の好循環が確保されて、海洋国家日本の存在感を高めてくれることになるに違いない。
海を身近に感じ、味わい、歌う民の国
国家という立場で考えれば、国境、領海、資源等に関わる主権等の問題は、最重要事項で、海洋政策上も優先的な配慮がなされるべきものであるが、幸い近年になってようやく海洋基本法等も整備され、国の関与や責任が明確になったことは大きな前進である。ただ、日本の経済、科学技術の、世界における地位を考慮すれば、自国の主権が及ぶ範囲をこえて、地球規模の気配りをすることを求められてもおかしくないわけで、今後、環境、生態等の保護・保全等の活動に積極的に参加・行動することが重要である。
日本人の海に対する日常的な親近感は歴史的なものであり、島国的なものであることは前述した通りであるが、今日の大衆民主主義的社会状況の中では、このことの持つ意義は大きい。海洋研究にしても海洋政策にしても、実行に国の資金が使われるものについての国民の関心は高まっており、その支持を得る努力を惜しむべきではない。代々歌い継がれる海の歌が数多く存在する国、日常生活や小学教育の場で歌われる海の歌が国民の希望や憧れを培うような国、海洋国家日本はそのような国であってほしいと思っている。(了)
第252号(2011.02.05発行)のその他の記事
- 水圏環境教育推進リーダーの育成 東京海洋大学海洋政策文化学科准教授◆佐々木 剛
- 海洋学─海への憧憬 (独)海洋研究開発機構客員研究員、東京大学特任教授◆鳥海光弘
- 海洋国家日本の課題 東海大学名誉教授◆酒匂敏次
- 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男