Ocean Newsletter
第252号(2011.02.05発行)
- 東京海洋大学海洋政策文化学科准教授◆佐々木 剛
- (独)海洋研究開発機構客員研究員、東京大学特任教授◆鳥海光弘
- 東海大学名誉教授◆酒匂敏次
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
海洋学─海への憧憬
[KEYWORDS] 砂模様/過去の海洋環境/リップルマーク(独)海洋研究開発機構客員研究員、東京大学特任教授◆鳥海光弘
たとえば渚で見られる砂模様が海水の流れと砂の粒子が織り成すダイナミクスを示すように、世界の隅々にわたって些細な差異の有り様によって刻まれた事柄が自然の動きを感知する情報となり、グローバルな海洋現象をさぐる重大なモメントとなる。
渚の光景
■砂浜に残された波の模様
日本人は海がよほど好きなのだろう。電車に乗り合わせて海岸に出ると、決まって「オォ」と声を上げる。それはちょうど富士山を見ての感嘆の声とよく似ているのだ。つまりほとんど海への信仰とも言える感覚なのだろう。
もっとも、これは何も日本人に限ったことではないのかもしれない。フランスや北米西海岸でも多くの人々が集まっている。風景もさることながら、やはり原始の風景が遺伝子に刻まれているのだろう。
ところで、渚の光景には面白いものがある。それは引き波と押し波が織り成す模様だ。引き波でできた砂模様は、押し波の通った部分では完全に消しさられ、またその引き波であらたに縞模様が作られる。こうして砂浜いっぱいに鯉のぼりの鱗模様がつくられる。この模様はダイナミックにできるのが面白い。そして見逃してならないのは、少し広い範囲を見ると、砂が溜まるところと、少なくなるところがあり、溜まるところでは、鱗模様が3次元でつくられていることが想像できる。
こうした模様が読み取れるのは、砂が色々な大きさや形、そして重さに違いがあるためである。つまり世界の隅々にわたる些細な差異の有り様に刻まれている事柄が自然の動きを感知する情報となっている。これは必ずしも人間にとって有効な情報になっていると言うわけではなく、自然や世界がそのように、一見些細な事柄も、感度の鈍い現象では、大きな現象のセンサーとなっている。
記憶と伝承
海洋は固体地球と違って、地球表層でひとつながりというのが面白い。固体のほうは、色々な鉱物が集まってできているので、ひとつながりということはない。そして、大気も同じようにひとつながりである。マクロな物理から見れば、海は水を主な成分とする単一相であり、空気中の水蒸気と平衡に近いといえる。これはコップに半分入れた水と残り半分の空気の水蒸気と同じ関係である。
地球表層が恒常的ではないのは、日常のなかで気づく。春夏秋冬、時々刻々と変化する。それは当たり前の世界であり、しかしそれでもあすに世界は壊滅的になるとは思っていない。人間の体の中にそのような記憶が埋め込まれているからに他ならない。つまり、それは個人個人の体感している時間と空間の尺度についての話なのであり、かつ生き続けている個人の学習と記憶の伝承に相違ない。実際には不幸にも突然死したり、地震や津波、台風、局地的豪雨、などの自然災害により亡くなられた個人の記憶の伝承はないのである。その記憶は他の人が共有できるものでは決してないのである。ただひとつ、災害は忘れた頃にやってくる。ということは生き残った人々の伝承であることは間違いない。
社会は、このような生き残った人々の伝承を大事にしてきたはずである。ところが、あまりにも多くの現代的情報に隠れてしまい、それは社会的記憶から消し去られてしまったかのようである。翻って、現代的情報はより精細で数値的な情報が相手かまわず垂れ流されているようである。それがためにたとえば津波警報は物見高い人々にとって格好の情報源となっているのであろう。
地球に残された波の化石
さまざまな海洋現象でも特に長期的なものは、海洋体積の変動や、海洋凍結から高温海洋への変動などであろう。前者は氷床量だけでなく、地殻やマントルの水の吸収あるいは放出による。氷河期と温暖期との海面高度の差は200mにも及ぶ。もし、マントルにその1%もの水が溶け込むことができるならば、そしてそれが地球表層の水とやりとりが可能であるなら、海面高度は2km以上の変動を起こすだろう。このときはまさしく青く輝く水惑星であったことだろう。そして海洋気象はより単純であったに違いない。
ヨーロッパや南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸などの大陸内部には広大な堆積盆地がある。たとえばフランスのパリ盆地はおよそ2億年前から2千万年ぐらい前にかけて堆積する内陸の盆地であった。その拡がりはなんと500kmほどの直径を持っている。この地域はかってそのような広大な海洋の底にあったわけである。つまり海面位置ははるかに高かったのである。
一方、われわれはいまから7億年以上前に2度以上にわたって全海洋域が氷で覆われたことを知っている。スノーボール地球である。そして、その氷が融けたあと、1千万年以上にわたって、50度を越すような高温海洋の時期があったと推定されている。それらは、この地球の表層ではどのような記録として残っているのだろうか。
それはまたしても、過去のほんのわずかな残滓のなかにしかないのである。つまり、現在の地球表層における海洋事象や大気事象では履歴として残らず、マントル深部にある物質の情況か、または西アフリカをはじめ、いろいろな大陸の片隅に残された当時の堆積物のなかに、その痕跡が見られるのである。
細部の事象が重大なモメントに
■室戸半島の砂岩にみられるリップルマーク
はじめに述べたような砂浜の模様は海水の流れと砂の粒子が織り成すダイナミクスを示している。そしてそれは河川からの水の流入と、新たに作られ運搬される砂粒子とによって、陸域の変動にも巻き込まれ、様相を変化させる。このように海洋の底での流れと粒子の織り成すダイナミクスで作られる構造には、リップルマーク※という特徴的な模様がある。浅い砂浜でも作られるが、深海底でも砂の供給と海洋底の低層流があるとつくられる。そして、押し引きのような振動によるウェーブリップルと一方向の流れによるカレントリップルがあり、特徴的な模様となる。この話の中で触れたような、海面変動や凍結、そして高温海洋などの大きな事象があると、海洋底での流れや、その振動現象などに大きな特徴が出ることになろう。たとえば、ティービー構造という両方向のリップルマークなどはスノーボール地球時代の海洋の特徴的なウェーブリップルマークといわれ始めた。このように、細部のさまざまな事象がグローバルな海洋現象をさぐる重大なモメントとなるのである。
だから自然はおもしろい。(了)
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