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オーシャンニューズレター

第251号(2011.01.20発行)

第251号(2011.01.20 発行)

サンゴ礁と近隣の多様な生態系

[KEYWORDS] 生態系の相互関連性/生物多様性/景観
琉球大学理学部教授◆土屋 誠

サンゴ礁の周辺には異なった景観を有するマングローブ域、砂浜、海草帯などの多様な生態系が存在し、動物の移動、物資の循環を通して密接に関連しつつ、高い生物の多様性を創出している。
この関連性を考慮した沿岸域管理の実践が期待される。

サンゴ礁環境の異質性

2010年は国際生物多様性年であり、生物多様性に関する議論が多角的に行われている。しかしながら「何故生物多様性が重要か」という最も本質的な疑問について十分な答えを導き出すためにはまだまだ議論が必要と思われる。サンゴ礁やその周辺に存在する異なった環境と生物多様性をテーマにして考えてみよう。
サンゴ礁を空から見ると、明らかにその空間は均一な環境ではないことがわかる(写真1)。サンゴ類が集まっているところ、海草が茂っているところ、白い砂が堆積しているところ、などが確認できる。砂浜もある。川が流れ込んでいれば、河口近くにマングローブが生育していることが多い。どこまでの範囲をサンゴ礁に含めるか、という質問に対しては複数の意見があるが、これらの異なった景観の存在が生物の多様性を高めていることは疑いない。
もっとサンゴに近寄って観察してみよう。サンゴの隣に海草が茂っていることがある(写真2)。サンゴの枝の間に構築された空間は小動物の生活の場である。また海草の葉の上も同様である。しかしながらサンゴの枝の間で見られる動物たちと、海草の葉の上で暮らしている動物たちはまったく異なるものである。
生物多様性はいくつかの尺度で議論される。最も分かり易い考え方は、対象としている場所に何種の生物が生息しているか、という「種の豊富さ」を基準として考える方法であろう。その他に、遺伝子の多様性、生態系の多様性等の観点からよく議論される。さらに景観を対象として議論することも重要である。

生態系間の相互関連性


■写真1:複雑なサンゴ礁地形



■写真2:海草帯に生育するエダコモンサンゴ

熱帯・亜熱帯の沿岸域には、サンゴ礁、マングローブ域、海草帯、砂浜などこれまで個別に扱われてきた生態系がある。しかしながら生物や物質は、これらの区域を越えて移動あるいは循環しているので、ある生態系の動態は近隣の生態系の動態に密接に関わっていると考えるのが自然である。
生態系間の相互関連性を議論するための具体的な材料は多い。夏になるとオカガニ類が幼生を放出するために海岸に大量移動する。道路を埋め尽くすように歩いているカニ類の写真が報道されることもある。オカヤドカリ類も陸域と潮間帯を幅広く利用している。これらの興味ある現象は、注目はされるものの、生態系間の相互関連性を考慮した科学的な研究としては十分に発展・確立していないことも事実である。
最近、サンゴ礁とマングローブ域の関わりについて、魚類の生活史や移動に注目した研究が各地で行われ、マングローブ域がサンゴ礁魚類の幼魚の生息場所であることが報告されている。またマングローブ林がサンゴ礁魚類の現存量を調節しているとも報告されている(Mumby, et al., 2004など)。一方では落葉の貢献は主としてマングローブ域に限られており、周辺の海岸に対する貢献度は大きくないであろうという意見もある。マングローブ植物が生育する河口域の前面には通常干潟が発達している。マングローブの落葉が分解され、その途上で干潟生物の食物として利用されることは容易に想像できるが、どの範囲までマングローブ由来の物質が多く蓄積されるかは場所によって異なる。異なった見解が生ずる原因は、これらの生態系の空間配置を十分に考慮してこなかったからであろう。カリブ海においてこれらの空間配置が重要であるという仮説を検証するための研究が行われた(Dorenbosch et al., 2007など)。サンゴ礁に近接したマングローブ域には大型魚の存在が確認できるが、そうでない場所は大型魚が少ない。また比較的閉鎖された海草帯には小型魚が多いが、オープンな水域に発達した海草帯には大型の個体が多いようだ。これらの生態系の空間配置が種組成や豊富さや、その他の特徴に影響しており、生態系間の関連性が今後の研究の鍵となるであろうし、また管理面でも重要となる。サンゴ礁生態系の周辺に存在するマングローブ生態系や海草生態系は陸域から流入する土壌粒子を受け止め、サンゴ礁と陸域との間の緩衝地帯としての役割を果たしていると考えられるので、物質循環の側面を加味した研究の出現が期待される。
マングローブ生態系、海草生態系、サンゴ礁生態系などが複雑なモザイク状の景観を示す熱帯沿岸域では、魚類の動態に関して各生態系がそれぞれ重要な役割を果たしていること、さらにその動態の解明には陸上生態系や外洋との関わりについても考慮すべきであること、等は20年以上前から提唱されてきた(Ogden, 1988)。具体的な情報が集積されて来るにつれて、その関連性の重要さが明らかになってきている。

サンゴ礁生態系と生物多様性

生物多様性を議論する際には、サンゴ礁に生息している厄介者として扱われる種についても気にとめておきたい。サンゴを専門に食べるオニヒトデ、毒をもった生き物たちなどが代表的な生き物だ。間違いなくサンゴ礁の一員であるが、これらの動物たちをどのように考えるべきなのだろう。嫌われ者は除去することが頻繁に話題なるが、人間中心に考えるだけでなく、サンゴ礁生態系のバランスを維持と生物の多様性の関係を考えるきっかけにしたい。
生態系の多様性に注目し、各生態系間のつながりに関して多角的に考察を加える試みが始まっている。沿岸域のみならず、陸域を含めて俯瞰し、景観の多様性をキーワードにした研究の成果は沿岸域の管理に大きな貢献をするものと期待される。最初提示した課題に関する答えにはなっていないが議論のきっかけになればと願う。(了)

【参考文献】
Dorenbosch, M., W. C. E. P. Verberk, I. Nagelkerken and G. van der Velde (2007) Influence of habitat configuration on connectivity between fish assemblages of Caribbean seagrass beds, mangroves and coral reefs. Mar. Ecol. Prog. Ser., 334: 103-116.
Mumby, P. J., A. J. Edwards, J. E. Arlas-Gonzalez, K. C. Lindeman, P. G. Blackwell, A. Gall, M. I. Gorczynska, A. R. Harborne, C. L. Pescod, H. Renken, C. C. C. Wabnitz and G. Liewellyn (2004) Mangroves enhance the biomass of coral reef fish communities in the Caribbean. Nature, 427: 533-536.
Ogden, J. C. (1988) The influence of adjacent systems on the structure and function of coral reefs. ?Proc. 6th International Coral Reef Symposium, Australia, 1: 123-129.

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