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第251号(2011.01.20発行)

第251号(2011.01.20 発行)

黒潮流域圏総合科学の展開 ~山と海を結ぶ河川の役割~

[KEYWORDS] 黒潮の恵み/生物再生産/山・川・里・海
高知大学理事(教育担当)・副学長◆深見公雄

生物資源の再生産は、いわば預金から生まれる利子のようなものである。黒潮がもたらす森の幸・里の幸・海の幸の多くは生物資源であり、資源量(元金)、再生産速度(利率)および消費可能な資源量(利子)を科学的に明らかにすることで、生物資源の持続的利用を目指す必要がある。
具体的なデータを得た上で、自然科学から社会科学をも融合した学際的研究を推進することが不可欠である。

黒潮流域圏総合科学とは何か

「黒潮流域圏総合科学」とは、高知県の豊かな自然環境と生物資源(黒潮の恵み)の再生産機構を解明するとともに環境保全型食糧生産システムの構築を目指した研究である。「黒潮の恵み」の多くは、世界最大の暖流の一つである黒潮がもたらす豊かな降水量と温暖な気候等によりもたらされている(図1)。このような自然の恵みを有効かつ持続的に利用するためには、黒潮の影響を受ける山から海まで(黒潮流域圏)の生態系を熟知し、その資源と環境を総合的に研究する必要がある。
高知大学ではこのような考えのもと、黒潮流域圏の山・川・里・海を一つのシステムととらえ、その環境や生態系を保全・維持しながら、その海洋資源や農林水産資源を持続的に享受する研究を実施している。

「"黒潮の恵み"を科学する」ことの意義--仁淀川での成果を一例に

高知県の代表的な河川である仁淀川流域をモデルに、黒潮がもたらす温暖な気候と四国山脈に降る豊富な降水により、森林から供給される栄養塩が河川における生物生産に果たす役割について考えてみた。
仁淀川流域において、降水・森林土壌からの湧水および河川水中の栄養塩濃度について調べた結果、降水が森林土壌を通過することで多量の栄養塩が河川水に供給され、湧水中の窒素(N)は降水中の平均約4.5倍、リン(P)は同8.9倍、ケイ素(Si)は同350倍に増加し、森林土壌は河川水へのきわめて重要な栄養塩供給源であることが分かった。また、N:P:Si比は60:1:303であり、仁淀川ではリンが相対的に少なくケイ素が豊富であることが分かった。河川水中の浮遊性微細藻類の現存量は、流速の遅い測点を除けば常に低かったのに対し、付着性微細藻類は、増殖速度は夏季に高かったものの現存量は夏季より冬季に増加する傾向が見られた。これらの結果から、森林土壌が供給する栄養塩は河川水中の付着性微細藻類の一次生産を支えており、その分布や増殖に大きく影響していることが明らかとなった。また河川水中の栄養塩の平均約16%が河川水中の浮遊性および付着性の微細藻類によって取り込まれていること、なお残存した84%の栄養塩が河口域まで運搬され、沿岸汽水域の植物プランクトンによる一次生産やスジアオノリやコアマモ等の海藻・海草の生産に寄与していることが明らかとなった。

生物資源が再生産することの重要性


■図1:黒潮がもたらす温暖な気候と豊かな降水量が、山・川・里・海に様々な恵みをもたらしている。降水を介して森林から供給された豊かな栄養塩が河川水中の基礎生産を支え、なお沿岸海域における植物プランクトンの基礎生産に寄与することで、海洋生物資源の再生産を支えている。

前述のように、黒潮流域圏総合科学の目的は、山の幸・里の幸・海の幸に代表される「黒潮の恵み」がなぜ得られるのか、その恵みを持続的に得るために私たちは何をすればいいのかを科学的データをもとに明らかにすることである。
では自然の幸の持続性とは何であろうか。森の幸・里の幸・海の幸の多くは生物資源である。生物資源が、石油や石炭のような非生物資源(物質資源)と決定的に異なる点は、再生産されるということである。石油・石炭のような資源は、何億年もの地質学的年代を経なければ再生されることはなく、したがって増えることはない。つまり、いかに省エネしようとも、資源の無駄使いをやめようとも、それは資源の消費速度が緩やかになるだけで、資源量が減少していくことには変わりなく、決してもとの量より増加することはない。
それに比べて生物資源は、自然環境や生態系さえ健全であれば再生産されるため、もとの量より増加する。このことはきわめて重要で、生物資源を再生産量の範囲内で消費していれば、資源は減少しないことを意味している。
これは例えば利息の範囲でしかお金を使わない貯蓄のようなものと考えることができる。生物資源の現存量(資源量)はいわば"元本"であり、再生産量はいわば"利子"である。"利率"がすなわち再生産速度に相当する。私たちは通常、自分の預金残高が現在いくらあり、現在の利率は年何パーセントであり、したがって1年間にどれくらいの利子が生まれるかを簡単に計算することができる。
しかしながら、自然環境に存在する生物資源の場合には、これを知ることはそう容易なことではない。元本すなわちその生物資源の現存量が今どれくらいあり、現在の利率、すなわち再生産速度がどの程度であり、だから1年間にどれくらい利子が生ずるのか、つまりどれくらいの資源を消費することが可能なのかを知ることは、詳細な現場観察に基づくデータの裏付けがなければ不可能である。現存量やその再生産速度は場所や生物の種類や環境条件によって大きく異なるであろう。しかしながら、私たち人類はこれまで"利率"はおろか"元本"がいまいくらあるかですらそれほど明確には知らずに、あるいは知ろうとしないままに、"利子"を食いつぶしてきた。その結果が、"元本"の減少、すなわち資源の枯渇につながってきたと考えることができる。黒潮流域圏総合科学はまさにこの点を明らかにすることが大きな目的の一つである。

学際的研究の必要性

学問の進歩にともない、研究分野はどんどん細分化されていったために、私たちはしばしば狭い専門分野に凝り固まってしまっている。しかしながら、その専門分野では常識と考えられてきた概念が他の専門分野の研究者からみれば極めて特異的な考え方であるなど、異分野の人と議論することで初めて気づくことが多々ある。その結果、いわゆる学際的とか異分野融合などと表現される研究の重要性が指摘されるようになってきた。
山・川・里・海でいえば、これまで森林の専門家は山のみ、海洋生物の専門家は海のみで研究し、両方が一堂に集まって議論する機会はほとんどなかった。「森は海の恋人」のキャッチフレーズで知られるように、海の生態系の衰退は山に原因があるという指摘は、私たち研究者がこれまで欠落させてきた異分野の融合がいかに大切であるかということを言い表している言葉である。黒潮流域圏総合科学はまさにこのことを意識して創成された新しい学問分野である。
山から海までを一つのシステムとしてとらえる研究は、現在多くの大学等で類似のものが提唱されている。しかしながら、その多くはいまだに概念的・情緒的あるいは抽象的なものである。具体的な科学的データを得た上で、しかも自然科学のみならず社会科学をも融合して推進することが不可欠である。「黒潮流域圏総合科学」のような考え方の学問がこれから複数大学・研究機関の協働で発展し、大学間連携も含めた学際的な教育研究がこれからも展開されていくことを祈りたい。(了)

【参考文献】高知大学特別研究プロジェクト公開シンポジウム「黒潮流域圏総合科学の創成」, 業績集.2008年12月13日.183 p.

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