Ocean Newsletter
第250号(2011.01.05発行)
- 民主党衆議院議員、海洋基本法フォローアップ研究会座長◆細野豪志
- 海洋政策研究財団会長◆秋山昌廣
- 東京大学総長◆濱田純一
- ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男
尖閣諸島事件と国家戦略
[KEYWORDS] 尖閣諸島/中国海洋戦略/国家戦略海洋政策研究財団会長◆秋山昌廣
尖閣諸島問題は中国の海洋戦略さらには対外戦略に日本がいかに対応していくべきか、という日本の国家戦略の問題である。
これまでのような状況対応と中国への配慮のみでは、この問題に対処できないことは明らかであり、日本は尖閣諸島をどう守るかということに加え、中国の海洋戦略や対外戦略ひいては大国中国に、いかに向き合っていくのかということを考えなければならない。
尖閣諸島中国漁船衝突事件
2010年9月7日、尖閣諸島に近い日本の領海内で中国の漁船が違法操業を行い、警戒中の日本の海上保安庁巡視船に意図的に衝突してくる事件が発生し、海上保安庁は該船の船長を公務執行妨害で逮捕した。那覇地検石垣支部に送検し取調が進められ、起訴に向けて司法手続きが行われたが、中国政府は強硬に釈放要求を行い、船長の勾留が延長されると日本に対する報復措置を次々ととっていった。結局、9月24日、那覇地検は、船長を処分保留で釈放し中国に送還した。仙石官房長官がこのことを容認すると発言し、政府が事実上かかわった形で処理された。
尖閣諸島はわが国固有の領土であることは疑いのないところであるが、中国や台湾もこれら諸島を自国の領土と主張している。1968年、国連アジア極東委員会が尖閣諸島周辺海域である東シナ海の大陸棚資源調査を行い、有望な石油埋蔵を示唆する報告書を発表した。直後の1970年から、中国や台湾が尖閣諸島に対する領有権を主張するようになった。19世紀の末、日本は尖閣諸島の調査を慎重に行い、中国をはじめ周辺国が支配していないことを確認のうえ、1895年に閣議決定を行って正式にわが国の領土に編入した。戦後わが国領土が確定したサン・フランシスコ平和条約において、これら諸島は疑いもなくわが国南西諸島の一部を構成している。
事件後日本では、海上保安庁が撮影した衝突場面のビデオ映像がリークされてその情報管理が問題となったり、逮捕した船長を中国からの要請で政治的に釈放したことへの厳しい批判が続いたりしているが、この問題がきわめて深刻なこと、さらには日本がその対応において覚悟すべきことなどがあまり理解されていない。尖閣諸島問題は中国の海洋戦略さらには対外戦略に日本がいかに対応していくべきか、という問題なのである。
中国の海洋政策
■尖閣諸島魚釣島(著者撮影、2007年)
中国は南シナ海のほぼ全域を、歴史上の「中国の海」と称してその権利を主張し、戦後、多くの島嶼および岩礁を支配下に収めてきた。1992年には「領海及び接続水域法」を制定して、南シナ海の大半の島、さらには東シナ海の、尖閣諸島を含む多くの島を中国領と明記し、2009年には「海島保護法」を制定してこれらの無人島を国有とし、その環境などの保護を規定するにいたった。海洋に関する法整備も急速に進められ、1998年に「経済水域と大陸棚法」、2001年に「海域使用管理法」を制定している。これらにより、中国は海洋の権益の確保と支配を強めてきたのである。
ここで、中国の対外政策あるいは海洋戦略を見ておく必要がある。1980年代に劉華清提督による「海洋戦略」が発表され、従来の沿岸防御から近海防御政策へと展開していく。劉華清は、近海として黄海、東・南シナ海、南沙、台湾、沖縄内外、北太平洋に付言したが、20世紀においては、海軍力が不十分で、いわゆる第一列島線内の近岸がその活動の中心となっていた。しかし、今世紀に入り、経済の拡大を受けて国防費が恒常的に増大し、海軍力が大幅に向上した結果、いわゆる第二列島線まで勢力範囲を拡大してくる。この頃から中国では、遠海作戦という言葉が使われるようになり、また、いわゆる接近拒否戦略を進め、米国が警戒を強めていく。2010年には、南シナ海は中国にとって「核心的利益」であると主張したと言われ、米国は中国の拡大戦略に対しさらに警戒を強めていく。南シナ海では中国漁船を巡るトラブルが頻発するほか、中国の漁業監視船が南シナ海を睥睨するようになる。また、米国海軍の調査船に対する常軌を逸した妨害行動に出たり、これら海域の公海上での米海軍演習に強硬に反対する。
1980年代から90年代にかけて、中国の対外政策は「韜光養晦」(才能をひけらかさず、目立たないで実力を蓄える)といって静かなる拡大戦略であったが、今世紀に入り、この路線から対外強硬路線へと変化したように考えられる。
今世紀に入り中国は、海洋実力の強化に乗り出している。海軍、海警、海監、海巡、魚政という5つの海に関する実力組織の総合力の強化、すなわち、海軍の装備の近代化、魚政、海巡、海監で大型船舶の建造を進めている。2003年には、輿論戦、心理戦、法律戦(三戦)の強化に乗り出した。法律戦により中国の行為の合法性と相手国の違法性を主張し、要すれば国際ルールの変更を求め、中国の正義と相手国の不正義の宣伝により国内外の支持を獲得しようとしている。
日本の国家戦略
日本は、これまでのような状況対応と中国への配慮のみでは、この問題に対処できないであろう。尖閣諸島の守りに加え、中国の海洋戦略や対外戦略ひいては大国中国に、日本がいかに向き合っていくのかということを考えなければならない。
尖閣諸島の守りは、過去半世紀にわたり中国の行ってきた南シナ海の支配のプロセスを見れば分かることである。単純化すれば、まず漁船が大挙進出し、小競り合いが起こり、魚政によるパトロールが始まり、次いで公船による調査、海軍の進出、島ないし岩礁の占拠と要塞の構築となる。ベトナムとは2度戦火を交わらせている。
中国の尖閣諸島関与は、1970年代からの漁船進出、近年の小競り合い、魚政の活動、公船による領海内侵入(2008年)、そして今回の事件である。将来的には軍の交戦も否定できないが、日本としては海上保安の実力であらゆる事態に対処できるよう、その実力の強化と態勢の整備を行わなければならない。実効支配の徹底としては、島の上そのものの支配を含めるべきである。また、中国の進めている輿論戦、法律戦は日本にとっても良いお手本であり、国際社会に向け、あるいは中国の国民に向け積極的な発信が効果的である。今回の事件は、中国は強硬戦略が功を奏したかもしれないが、国際社会においては手痛い批判を受け、冷戦終了後の最大の外交的失敗であるという批判すら中国国内にあるのである。
中国の海洋戦略に対しては、航行の自由や海洋利用の自由を前面に出し、米国とともに中国をけん制しなければならないが、そのためには海上自衛隊の増強と日米同盟の強化が必要である。さらに、大国中国への対応だが、重商主義的な行動に走る中国を現代の国際秩序に組み入れることが重要であり、また中国に対する日本の姿勢は、配慮ではなくて明確な意見表明でなければならないと考える。
同時に、日中間の信頼醸成、特にアジアからも求められている日米と中国との間の信頼醸成の向上への努力と、この2国間あるいは3国間の関係の積極的発展を追求しなければならない。対立、対抗のみでは問題は解決しないからである。
日本は、尖閣諸島に関して、以上のような覚悟をしなければならないと考える。(了)
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