Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第246号(2010.11.05発行)

第246号(2010.11.05 発行)

海洋の環境保全と開発が人類を救う

[KEYWORDS] 砂浜保全/海洋環境保全/海洋資源エネルギー
金沢大学理工研究域環境デザイン学系教授、第3回海洋立国推進功労者表彰受賞◆石田啓(はじめ)

地球環境改善とクリーンエネルギーの開発は人類の課題であるが、その解決を期待させる新技術が、海水浄化や海洋資源エネルギーの開発研究の中に萌芽し始めている。
また沿岸域砂浜や港湾の保全整備事業は、国土防災や貿易促進に貢献しており、未来の人類平和の実現のための基礎の構築へと繋がっている。

はじめに

Ship & Ocean Newsletterの「海洋と人類の共生」という基本理念に、著者は"人と海"との本質的に深い関わりを感じる。それは、人間の血液と海水の成分がほぼ一致しているからであり、このことが海中生体が海水を循環体液にしながら人類の元祖生物へと進化したことの証になっているからである。陸上生物となった現人類にとってもなお、海洋は生命活動の母体であり、ノスタルジーの源である。人々が、広がる海の彼方へ夢を抱き、穏やかな砂浜に心を癒すのも、DNAに秘められた記憶に由来するのかもしれない。

砂浜海岸の維持


■日本三大松原の「気比の松原」の養浜

砂浜海岸は、人々の憩いの場であると共に、うちよせる波浪の力を吸収する防災機能にも優れている。しかし現在はほとんどの砂浜海岸が波浪侵食に苦しんでいる。この侵食原因は、河川の流下土砂が海へ出る前にコンクリート骨材として採取されることやダム堆砂などにあるが、これは都市文明が多量の飲料水やエネルギーを必要とし、社会基盤の大半がコンクリート依存型であるための宿命である。高層ビルの床面積の増加の利便性は、砂浜の面積の減少と引き換えになっているのである。折悪しくも地球温暖化による海面上昇が顕在化し、砂浜減少が一段と加速された感があるが、現在の気温変化に酷似している40万年前のデータから予測すれば、次の寒冷期の到来は約1万3千年後になり、海水・陸水の氷結効果がもたらす海面降下による砂浜回復は、程遠いことである。もっとも、寒冷化による海面降下は、食料減少による生物全体の激減と同時に起こることを忘れてはならない。
さて、現在の砂浜侵食防止には、突堤や離岸提の構築が広く採用されて来たが、最近では、離岸提の幅を拡大して海面下に沈める「人工リーフ工法」や、外部から大量の砂を搬入して元の浜を復元する「養浜工法」が景観保全型として歓迎され始めた。しかし、人工リーフは、海底砂を掃流する離岸流や沿岸流と呼ばれる流れを生じ、この流れが新たな別の侵食を発生させることがあるため、流れの発生を抑えるリーフの構造形態が考究されている。養浜は、ブロックなどの固形物を入れること無く砂浜を復元するものであるため、最もソフトな工法として望ましいものである。しかし、投入砂は波の作用で必ず移動拡散するため、元の砂よりも荒い砂を投入するなどの工夫を行って、拡散防御に努めねばならない。福井県敦賀市にある日本三大松原の一つである「気比の松原」の養浜では、他の場所に適切な養浜砂が見つからなかったことから、近隣の山を砕いて同質の砂を製造し、浜幅の拡大に成功している。

港湾と貿易

海洋立国の日本には貿易港の整備が不可欠である。日本海沿岸では、近年、中国などとの東アジア貿易の活発化が認められるが、特に4万トン級貨物船を入港可能にする金沢港の13m水深埠頭が、今後いかなる経済効果を発揮するかについて、興味が持たれる。しかし、人口の希薄な日本海沿岸地域内では商品の大量需要は期待できないため、太平洋ベルトゾーンとの輸送ルートの強化が必要である。この観点から、北陸と中京地域とを連結する東海北陸自動車道の開通が、日本海貿易にいかなる影響を及ぼすかが興味深い。
さて、物品売買を基本とする貿易では、商品の製造拠点をどこに置くかが重要である。製造拠点は安価な人件費を求めて移動するため、従来、欧州―北米―日本と移動したが、今や中国へ移り、将来インド―アフリカへと西回りに地球を一周するとの予測がある。本来、産業活動は熱伝導や濃度拡散のように、ポテンシャルの高い方から低い方へ移動するため、人類社会をグローバルに等レベル化する力が有る。では等レベル化された未来の貿易の形態はどうなるのであろうか? 理想的には、利益追求を超克した全人類の幸福を目的とする物流活動であろう。しかしその実現には、必要な原料の確保とエネルギーの開発が不可欠である。化石燃料や鉱物資源が減少する趨勢下で、それは可能であろうか?

海洋開発と海洋環境保全


■島根原発建設時の汚濁シルト防御用のエアーバブルカーテン

地球の3/4を占める平均水深3,800mの海洋は、人類の無尽蔵の資源になることから、約半世紀前、海洋開発構想が打ち出された。その後、いくつかの海洋イベントや大型土木事業などを経て、いよいよ海洋開発の具現化の世紀が始まったといえる。
近年具体化され始めた海上風力発電は、化石燃料と陸上建設空間の不足をカバーするクリーンエネルギー製造法として着実に普及しているが、第3回海洋立国推進功労者表彰で報じられた「クリーンな海洋温度差発電(上原モデル)」の実用化と、海水からのリチウム抽出の実現は、画期的な研究成果である。さらに「生簀でのマグロ養殖の成功」への同表彰は、海洋開発と漁業との軋轢の解消を示唆するのみならず、魚類の狩猟時代が魚類の生産時代へとモード転換し始めたことを示すものであり、あたかも狩猟文明が農業文明に移行したことを彷彿とさせる。
同表彰を受けた一人である著者は、省庁からの要請を受けて日本海沿岸の社会基盤構築に努力してきたが、海洋環境保全関係の研究として、「エアーバブルカーテンによる原発取水口へのシルトの流入防御」、「波力利用による海水のエアレーション装置の試作」「重油回収機の開発とエマルジョン重油の油水分離剤(ECS)の開発」などを行い、海岸防災や環境保全面において社会への貢献を行っている。

まとめ

科学技術の発達は今日の人類の繁栄をもたらしたが、その力が強力であったが故に、人類に大打撃を与えかねない地球環境悪化やエネルギー枯渇問題を生み、今その改善が急務となっている。この解決のためには、科学の一層の発展が不可欠であるが、同時に人心の向上が必要である。人が豊穣な物質や快適な生活環境を実現して寿命を延ばし、そこに人生の悦楽を感じることが幸福であるといった哲学も、自己中心的になり過ぎると、現在のような地球環境破壊や戦争の悲劇を招く。「海洋と人類との共生」を目指すことは、「人と人、国と国との共生」という人類の平和を目指すことになるのである。(了)

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