Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第245号(2010.10.20発行)

第245号(2010.10.20 発行)

海の森づくり―「海の時代」へ向けて

[KEYWORDS] 海の森づくり/海の時代/グラミン銀行「海」バージョン
NPO海の森づくり推進協会代表理事、鹿児島大学名誉教授◆松田惠明

「海の時代」における海洋開発産業界への期待は大きいが、そのリスクは大きく、国民的支援が欠かせない。そのために最も効果的な方法は、国民と海洋開発産業界を巻き込んで、小回りの効く「海の森づくり運動」を支援し、実質的な藻場造成と水産増養殖を進め、期待されている沿岸漁業並びに漁村の多面的機能を回復し、国民の親海性を高めることです。

「海の時代」の背景と水産・漁村の位置づけ

陸の資源の有限性が顕著になってきて、海洋資源の重要性が脚光を浴び「海の時代」における海洋開発産業界への関心が高まっていますが、一部を除けば、そのリスクは大きく、採算面、設計・施工・作業面、運営・技術面、制度面等でまだ多くの問題を抱えています。
人類の存続にとって「食や文化の多様性」は重要ですが、現在の食の西欧化はそれに逆行しています。そして、地球表面の7割を占める海からの食料生産の道「水産」を無視して人類の食料安全保障は考えられません。また、水産は陸域起源の栄養塩や海水に溶けている二酸化炭素の一部を回収する比類のない栄養塩回収産業です。もし、水産が無視されれば、海洋環境問題はますます深刻になり、人類の環境安全保障は考えられません。
また、産業の中で、水産は最も易しい分野と見なされています。しかし、他の分野とは違って、水産の対象は、水の壁、塩分の壁、圧力の壁、水生生物・生態の壁などがあり簡単に五感で感知できるものではありません。また、その対象は公有物ですので、経済性や社会性にも特別の配慮が必要です。さらに、どんなに優れたロボットやセンサーでも、水圏ではすぐに使い物にならなくなり、海洋調査は非常に費用がかかるので敬遠されてきました。最近では、米国のハーバーブランチ海洋研究所のように、世界中の医学・薬学・工学・農学分野の専門家が水産生物対象の研究に没頭しています。このように水産は他の産業より難しいフロンティアの分野なのです。2008年10月に開催された第5回世界水産会議の基調講演で、英国の脳学者M.A.Crawford博士は「人間の人間たる所以は脳にあり、水圏動物の不飽和脂肪酸やDHA(ドコサヘキサエン酸)と海産物に含まれるヨードがその脳の発達に欠かせない。これからは水産の時代だ!」と訴えました。このように、「海の時代」における「水産」の可能性は非常に大きく、世界は日本に賢い海の利用モデルの提示を期待しています。
他方、日本の漁村の荒廃は顕著で、それは戦後の高度成長政策の結果であり、その責任は国民全員にあり、今それが問われています。

グラミン銀行「海」バーション、それが海の森づくり運動

グラミン銀行は、貧困撲滅を目指す世界銀行やNGOBRAC銀行がバングラデシュで始めたマイクロクレジット(担保なしの4~5人連帯保証人制の小規模ビジネスを対象とした小額融資。利子は15%、返済は毎週、期間内の返済率は99%)を扱う銀行をいい、これが予想外の成果を収め、途上国で爆発的な人気を呼んでいます。当協会の海の森づくり運動はまさに、そのグラミン銀行の「海」バーションです。
私たちの「海の森づくり事業」の主役は、事業主体たる漁協等への種糸斡旋と鉄を主成分とする海洋施肥の共同実験で、漁村の多面的機能を活性化するためのものです。
平成14年の当協会発足以来、関東以西の17県の希望漁協等を対象にコンブ種糸を斡旋しています。さらに、平成17年度から海洋施肥剤を使った漁協との共同試験を6漁協で実施しています。汚濁の海を宝の海に変えた長崎県壱岐東部漁協と市民活動拠点としての「宇和海に緑を広げ環境を守る会」が当協会のモデルです。ホームページ(http://www.kaichurinn.com)をご覧下さい。
その方法はロープを主体とした弾力的な海中林造成手法と硫酸第1鉄を主体としたペレット状の海洋施肥剤の活用で、一つ一つのロットは小さくても必要に応じて規模的に小・中・大のどれにでも対応でき、何処でも何時でもスタートできる小回りが効くものです。


■沖出し4カ月後の養殖コンブに群がる小魚たち(2007年4月撮影、壱岐東部漁協提供)

■「海の森づくり」によって蘇った壱岐のホンダワラの森(2007年4月撮影、渋谷正信氏提供)

「海の時代」対応政策の課題

「海の時代」の海洋開発産業の発展のためには、国民の支援は欠かせません。そのために最も効果的な方法は、多面的機能(安全な水産物の安定的な供給、物質循環、環境保全、国民の生命財産保全、保養・交流・学習、漁村とその文化継承、地方における所得と雇用機会の提供等)を発揮できる沿岸漁業並びに漁村の活性化です。「海の森づくり」はその有効な一手段と考えています。
私たちの「海の森づくり運動」の過程で、海藻は、海中の窒素・リン・二酸化炭素を吸収し酸素を供給して海洋環境を改善します。同時に在来種には付着基盤や産卵場の提供を通して生物多様性を促進し、稚魚には揺籃場を提供し水産増殖に貢献します。前浜を一番知っている漁民がそれぞれ勉強会を通して問題を解決して行く芽を育て、漁場管理を改善し、漁業者は自らが「考える漁民」へ転換します。さらに、その生産物は二酸化炭素削減やバイオエネルギー源、健康食品・アルギン酸・医薬品・肥料・飼料・餌料源、ヒ素の無毒化等に貢献し、政府主導の栽培漁業や藻場造成といった増殖事業を補完しそれらの効果をより促進します。
したがって、国策として最も有効な策は、国民と海洋開発産業界を巻き込んで小回りの効く「海の森づくり運動」支援制度改革を実施し、実質的な藻場造成を達成し水産増養殖効果を高め、漁村の多面的機能を早急に回復し、国民の親海性を高めることです。(了)

第245号(2010.10.20発行)のその他の記事

  • 東アジア海洋科学コンソーシアムの設立を目指して 東京大学大気海洋研究所 国際連携研究センター センター長・教授◆植松光夫
  • 海の森づくり―「海の時代」へ向けて NPO海の森づくり推進協会代表理事、鹿児島大学名誉教授◆松田惠明
  • "海"を伝えつづけたい 海の博物館館長、第3回海洋立国推進功労者表彰受賞◆石原義剛(よしかた)
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

Page Top